第2話 運命のヒロインは彼氏持ち!?

 


 それは本来、単なる脂肪の塊であり、腹のぜい肉と何も違いはない。だが人間が持つ未知への本能により、我々はどうやってもそこに強い憧れを、期待を、希望を抱いてしまう。たとえそれが、非合理的な感情であろうとも……。


 学校には何とか間に合ったものの、その夢に奇しくも触れてしまった俺の心臓は、まだまだ落ち着きそうになかった。

 そんな精神状態の中、またも試練が訪れる。


「みんなぁ、ホームルームの前にぃ、新しい仲間を紹介するよぉ」


 妙に癖の強い話し方をする担任の若い女教師。その隣に立たされた俺。

 転校生にとって最も重要な、緊張の瞬間である。


「はぁい、じゃあ一分でぇ、自己紹介してねぇ」


 さて。俺の経験上、ここで笑いを狙うのはあまりに危険である。成功すればもちろんクラスの人気者。だが白けた時は目も当てられない。かといって、印象に残らない無難な挨拶をしても無意味だ。

 というわけで。ここは趣味を多めに語り、後の話題の種をまいておくのが最適解……!


「えっと、海堂清忠です。趣味はラノベ読んだり――」

「あ!!! 今朝の変態男!!!!!」


 教室の中心から発せられたその衝撃的な言葉に、クラスメイトたちがざわつきだす。

 その見覚えしかない少女は、目を丸くしながら俺を指さしていた。

 

 うわっ、まじかよ。今朝のラッキースケベ女が同じクラス……俺の転校史上最大のピンチ。


「なんだぁ、2人は知り合いだったのねぇ」


 クラスの異変に気がつかないのか、あるいは意図的に無視してるのか、相変わらず眠そうな話し方で先生は続ける。


「いや知り合いというか」

「それならぁ、海堂くんはぁ、佐倉さんの隣にしましょぉ」

「せ、先生。それはちょっと困――」

「それじゃあ、朝のホームルームは終わりでぇす。授業の1分前にはぁ、着席してねぇ」


 適当過ぎるだろ! 俺、まだ自己紹介してないし。そもそもホームルーム始めてなかったじゃん。

 だが文句を言おうにも、先生は既に教室を去ってしまっている。仕方なく、俺は周りの冷たい視線に晒されながら、指定された席に鞄を置いた。


「さっき佐倉ちゃん、さっき変態男って言ったよね?」

「うん、言ってた。海堂ってやつに何されたんだろう……」

「こわいよねぇ。あたしたちも気をつけないと」

「ほんとそれ。まじで気をつける」


 サイアクだ。既に悪評が出回っておる。しかも根も葉もある噂だから文句も言い難い……はぁ、どうしよ。

 そして隣に座る佐倉さん?は、何を考えているのか、まったくこちらに目も向けず、手鏡を見ながら涙袋を描いている。


「……今朝は、ありがとう」


 ん? いま俺に感謝した? 

 いやいや、空耳か。さっき変態男って罵倒してたし。ずっと手鏡見てるし。


!」

「うわっ」

 

 ドンッ、と俺の机が叩かれた。

 ほーらやっぱり怒ってるじゃん。顔が真っ赤だもん……ここは誠心誠意謝罪しよう。


「不慮の事故とはいえ、先ほどは誠に申し訳ござ──」

「助けてくれたんだよね、うちを」

「へっ」

「うち、信号赤なのにボーっとしてたから。ありがと」

「えっと……うん。どういたしまして」


 驚いたな。まさか感謝されるとは。てっきりボコボコにされるかと思ったわ。


「……まあ、胸触るのはありえないけどね」

「ごめんなさい」


 そこはきっちり怒ってた。まあたしかに。こんな形で男の夢を叶えるべきではなかった。気をつけよう。 


「変態男はさ。名前なんていうの?」

「あの、その呼び方はちょっと……」

「だから名前聞いてんじゃん」


 ……たしかに。自己紹介を飛ばされた弊害がさっそく出ている。


「海堂清忠、です」

「海堂ね。うちは佐倉さくら日向ひなた。よろしくねー」

「う、うん。よろしく……」


 佐倉日向、か。少し気は強いが、良い人ではあるらしい。

 それに彼女の立ち姿、よく見るとかなり色っぽいし。セーラー服から覗くおへそに、スカート下から見える太もも。ナチュラルメイクで顔も整っている……あれ、なんだかドキドキしてきたぞ。


 ――というかこの展開、妙に既視感があるような。 

 美少女との最悪の出会い。偶然の再会。胸のときめき。これって……


 !!!


 絶対そうだろ。昨日も読んだもん、1巻では険悪だった男女が、なんだかんだ一緒に過ごしていく内に、『あれ、俺こいつのこと好きじゃね?』ってなって最終巻で結ばれるラブコメ。こういうのって全部陰キャの妄想だと思ってたわ。現実にもあり得るんだ。


 でも佐倉さん、意外と優しいし、ビジュはめっちゃタイプだし、ついでに胸もでかい。あぁ俺にもついに春が――


「おい日向ー。遥輝くんが呼んでるよー」

「はーい」


 クラスの陽っぽい女子が佐倉に言った。……遥輝って誰だ。


「ごめ~ん、海堂。彼氏が呼んでるからうち行くね」


 んっ? 彼氏?

 いやいやまさか。さすがに聞き間違いだろう。


「清忠どうかした? すごい顔してるけど」

「えーっと、佐倉さん? いまなんて……」

「うちに彼氏いたら悪い?」

「い、いえ。そういうわけでは」

「そ、ならいいけど。てことでお礼はまた今度させて」

「う、うん」


 そうして、彼氏に駆け寄る佐倉日向。

 その表情はまさに、女の顔だった……。

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