第1話〜メインヒロインとの運命の出会い……だよね?

「あさだよー、おきてー」


 意識の彼方から幼女の声が聞こえる。これは──夢だな、うん。こんなにまぶたが重たいのに、朝であるはずがない。

 まったく……幼女の夢を……見るとは……俺は……ロリ……コンなのか――スヤァ。


「おにーちゃん。がっこうにおくれちゃうよー」


 ……ん?……違う……ぞ。これは……ただの幼女じゃない……愛しの妹の声……だ。ということは……つまり……俺はロリコン……じゃなく……シスコン――スヤピィ。


「せーら、おかーさんとようちえんいっちゃうからねー」


 ……せーら……清蘭せいら……幼稚園。


「──って、やばい!?」

「おかーさーん、おにーちゃんおきたよー」


 夢の世界から帰還した俺は、重たい布団をバッと跳ね上げる。

 そう、この俺、海堂かいどう清忠きよただは、今日から愛咲あいさき大学高等学校に通う16歳の高校2年生。ロリコンやシスコンでは断じてない。

 こんなに眠いのに朝とか、もはや人体のバグだろ──と、思ったけど。バグっているのは日付を跨いでいでラノベを読んでる俺の生活習慣か。


「清蘭! いま何時!!!」

「んっとねぇ、ながいはりが2のところで、みじかいは8と9のあいだだから、ええっと……あれ、どっちのはりがさきだっけ……」

「短い方! 短い方だよ」

「そっか。じゃあ、えっと……はちじ、じゅっぷん?」

「正解!!!」


 5歳にして時計が読めるなんてお兄ちゃんより優秀じゃないか。思いっきりよしよししてあげたいところだけど、残念ながらその暇はない。第一印象が命の転校生にとって、初日のやらかしはめちゃくちゃにまずいのだ。

 ……いやぁ、小学5年生のあれは悲惨だったなぁ。転校初日、間違って1年生の教室に入っちゃって。それから卒業まで、俺のあだ名は『ピカピカの清忠くん』だ。あんな悲劇を二度と繰り返すわけにはいかない。40秒で支度をしないと。


「清忠、ご飯はどうするのーーー」

「ごめん母さん。帰ったら食べるわ。行ってきます!」


 俺は制服に素早く着替え、家を飛び出した。



 時刻は8時23分。空賊でもない俺には、40秒の支度はさすがに厳しかった。

 だってこの制服、着替えるのに時間かかるんだもん。学ランというものはなぜこうもボタンが多いのか。その分、女子の制服が可愛いから許すけどさ。結局セーラー服しか勝たん。


 それに諦めるのはまだ早い。前方70mには、走っている生徒が2、3人確認できる。走ればきっと間に合うはず……と、思ったのも束の間。


「うわっ、またかよ」


 本日三度目の赤信号に捕まってしまった。

 こんな時に限って……遅刻は絶対許されないのにぃ。


 ――その時。

 俺の脇を抜けていく一人の少女。

 信号は赤。向こうにはトラックも見える。

 だがそれを気に留める様子はなく、彼女は横断歩道へ一直線――考えるより先に、俺は身体が動いていた。


「危ない!」



 ──気がつけば、眼前には青空が広がっていた。腕にはエアバッグの柔らかな感触。

 助かった、みたいだ。どうやら俺は、少女のクッションになるよう、彼女を抱きかかえつつ背中から倒れ込んだらしい。いやぁ、咄嗟にレディーの安全まで気遣えるとか、俺まじ紳士じゃん。


「……手、よけてもらえるかしら」


 よかった。少女も意識が戻ったようだ。……あれ、なんか怒ってる?


「訴えるよ!」


 少女が俺の手をパンッと払った。

 なんと、エアバッグだと思っていたものは、彼女の胸だったのである!!!


 ……いやまじで。嘘じゃないって。ほんとにエアバッグだと思ったの。やましい気持ちとか少っっっしもないから。完全なるアンラッキースケベなの。信じてよ。

 だが目の前にいるのは、倒れた俺を上から涙目で睨みつける少女。上着もスカートも丈が短く、太ももやおへそが、これでもかと露わになっている。こんな角度から女子を見られるなんて貴重だなぁ……とか考えている場合じゃない。このままじゃ訴訟の危機だ。よし逃げよう。


 信号が青になった瞬間、俺はサッと立ち上がり、全速力で駆け出した。

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