第4話 ナイフ

 街を見渡せる高台に向かいがてら、俺たちはウィンドウショッピングを楽しむ。

「あ、これ、洋ちゃんに似合いそう」

「あー、いいかもな。こっちのデザイン、お前好きだろ」

「うん、好き。さすがお見通しだね」

 互いのことを知り尽くした十年来の間柄。相手に似合うデザインや、好みのアクセサリーを、俺たちは的確に認識する。

 はたから見れば、きっと仲睦まじい、相性ピッタリのカップルだろう。

 もうとっくに別れていて、片方にはすでに新しい恋人がいて、今日を限りに口を利かなくなる、そんな間柄には見えないだろう。


「あ」

 椎菜シーナが足を止め、ガラスの向こうを覗き込んだ。

「なに?」

「綺麗なナイフがいっぱいある」

 その単語にギクリとなる。

「あのさ、椎菜……」

「ちょっと入ってみようよ」

 そう言うと、椎菜は俺の返事も聞かず店の扉を開いた。


 そこはアウトドアショップだった。

 店の中央にはテントやイスやテーブルなど、ソロキャンらしい光景がディスプレイされている。

「どの色もきれいだね」

 椎菜は外から見つけたナイフの前にかがみこみ、それに見入っていた。

「おい、椎菜」

「スウェーデンのナイフだって。おしゃれだね。しかもそんなに高くない!」

 そう言って椎菜は店員を呼び、その中の一つを購入する意志を伝える。

 草色のの、しゃれたデザインのナイフを丁寧に包んでもらうと、彼女は嬉しそうに店を出た。


「はい、洋ちゃん。これあげる」

 店を出て数歩歩いたところで、椎菜は俺に買ったばかりのナイフを差し出した。

「いらねぇよ」

「受け取ってよ」

「いらねぇって!」

「餞別。私からの最後のプレゼントだよ」

『最後の』と聞き、グッと言葉に詰まる。

(何考えてんだ、こいつ……)

 そう思いながら、俺はしぶしぶ彼女からキャンプ用ナイフを受け取った。

(冗談とはいえ、俺はお前を解体して後を追うと言った人間だぞ?)

 椎菜が忘れているはずもない。今日の待ち合わせ場所で、わざわざ俺がナイフを持っているかどうか、確認していたくらいなのだから。

(自分を解体するかもしれない人間に、ナイフを渡すって、どういう神経してんだよ)

「あ、クレープ!」

 椎菜は目を輝かせ、パステルカラーの店を指差す。

「洋ちゃん、クレープ食べたい。行こう! 私、今日は超ゴージャスなの食べる!」

 はしゃぎながら先を行く彼女の背中を見つつ、俺はもらったナイフをポケットに押し込んだ。



 最終目的地の高台のベンチに並んで話しているうち、約束の十八時となった。

「辺りに、誰もいないね」

「そうだな」

「……私、戻らなきゃ」

 まだ明るい空を見上げながら、椎菜が切なげに目を細める。

「門限、あるから」

「そっか」

 寂しげな横顔を見せた後、椎菜はくるりとこちらを向く。

「じゃあね、洋ちゃん。もう二度と呼び出さないでね」

「……あぁ」

 爪が食い込むほど、俺はきつく拳を握りしめ頷いた。

「私、もう行くよ」

「うん」

「ナイフ、大事に使ってね」

「……彼氏と仲良くしろよ」

「ん……」

 俺は去り行く椎菜に背を向ける。

 遠ざかる足音へ、俺は耳を傾け続けた。

(椎菜……)

 泣きそうになるのを、顔を上げて歯を食いしばり堪える。

 椎菜は俺じゃない誰かを選んだんだ、幸せになるために。

 大切な女の子の幸せを願ってこそ、男だろう?


 だがその時、背後から駆け寄ってくる足音が聞こえた。


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