第3話 最後のデート

「洋ちゃん」

 指定された待ち合わせ場所に着いた俺は、久しぶりに見た椎菜の姿にぎょっとなった。

「……痩せたな、椎菜シーナ

 ワンピースの襟首から覗く鎖骨は痛々しいほど浮き上がっている。

 薄手のカーディガンから突き出した腕は、骨ばっていた。

 そのくせ顔は、少し丸くなっているように見えた。

「大丈夫なのか、体。なんか、やつれたって言うか」

「あぁ、これ」

 椎菜がクスクスと笑う。

「彼氏が、痩せてる子好きなんだよね」

「……そっか」

『彼氏』の言葉に、頭の奥が冷える。

「もう、付き合ってるんだ」

「うん」

「早いな。一学期の最後に俺と別れたばかりなのに」

「……」

「今日、良かったのか?」

「えっ?」

「彼氏がいるんだろ。俺とデートなんてしてよかったのか?」

「あぁ、うん……」

 椎菜が気まずげ目を逸らす。その表情に、俺は少し焦った。

「いや、いいんだ。今日、来てくれただけでも……」

 聞きたいことは色々ある。問い詰めたいことも山ほどある。

 だが今日、俺に許された八時間を、ここで潰してしてしまいたくなかった。


「ねぇ、洋ちゃん」

 椎菜がひらりとワンピースの裾を揺らす。

「ナイフ、持ってきてる?」

「え……」

「私を解体して、ほっぺ食べて、後を追うんでしょ?」

 悪戯っぽく笑う椎菜から、俺は目を逸らす。

「……持ってないよ」

「そうなんだ。てっきり私を殺すつもりで用意してきたかと思った」

 面白がるような椎菜の声に。俺は微かに苛立ちと悲しみを覚えた。

(何だよ、その言い草)


「で、洋ちゃん、どこ連れて行ってくれるの?」

 椎菜がぱたぱたと手で顔を仰ぎながら言う。

「ここ暑い。涼しいところ入りたいよ」

「そうだな。映画館なんてどうだ?」

「いいね! 私、見たいのがあるんだ!」

 そう言って、椎菜は先に立って歩きだす。

「ほら、行こう」

「あ、あぁ……」

 あっけらかんとした椎菜の後姿に、俺はただ戸惑うばかりだった。


「面白かったね」

 椎菜が選んだのはサスペンス映画だった。

「主役が見つかりそうになって、相手の死角に入りながら見事に逃げ出すシーン、やばかったぁ」

「あぁ、あれは確かに見てるこっちまで緊張したな!」

 俺たちの間にあったぎこちない空気は、映画を見終えた後はほぼ消えていた。かつての告白前の二人のように、俺たちはバーガーショップでポテトをつまむ。

 やがて遅れて出来上がったハンバーガーが二人の前に届いた。

「おいひぃ!」

 椎菜は嬉しそうに照り焼きバーガーにかぶりついた。口の端から零れそうになったマヨネーズを、指先ですくうと素早く口の中へと押し込む。

「幸せそうに食うよな」

 頬をハムスターのように膨らませた椎菜に俺は笑う。

「だって、これ食べるの久しぶりなんだもん」

「ファーストフードだぞ?」

「最近、ジャンクに飢えてたの」

「へぇ……」

 今の彼氏は、おしゃれなカフェにばかり行くやつなんだろうか。

 脳裏をかすめた想像を、俺は慌てて振り払った。


「こういうの食べたくなったら、俺ならいつでも付き合うぞ」

 俺の言葉に、椎菜は困ったように微笑む。

「……今日で、最後って言ったよ?」

「そうだったな……」

 今日のデートが成功すれば、もしかして、あわよくば、そんな希望を抱いていたけれど。

(本当にもう、取り戻せないんだな……)

 ざらりとした胸の痛みを潤すように、俺は一気にコーラを流し込んだ。


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