第2話 裏切りと執着

「……なんだよ、急に」

 特別教室の並ぶ四階の、照明のついていない暗い廊下。まだ梅雨の名残を感じさせる重たげな黒雲が窓の外に見える。雨どいの中を水が激しくぶつかる、ジャバジャバと言う音が轟いていた。

「で? オチは?」

 幼稚園の頃からふざけ合ってきた俺たちだ。これもまた、その手のものだと俺は笑ったのだが、椎菜シーナの顔は真剣そのものだった。

「オチなんてないよ。私は洋ちゃんと別れたい」

「椎菜……」

 その声のトーンから、これは決して冗談ではないのだと悟った。

「なんでだよ……」

 足が震える。

 十年近い片想いの後の、決死の想いの告白。同じ高校に進学するため、受験勉強も必死でやった。

 気持ちが通じ合い俺たちは、四月からはれてカレカノとして楽しく過ごしてきたはずだった。


「意味わかんねぇよ。なんで急にそんなこと言い出すんだよ、椎菜」

「……」

 椎菜が悲しそうに睫毛を伏せる。

「つらそうな顔してんじゃねぇよ。その顔していいのは俺の方だろ!」

「……好きな人、出来ちゃって」

 椎菜の言葉が胸に刺さる。本当に痛みを感じるものなのだと、頭の端でぼんやりと考えていた。


「……ふざけるなよ。俺に浮気するなって言ったくせに」

「ごめんね」

「言ったよな? お前が浮気したら俺は」

「解体して、私のほっぺ食べるんだっけ? で、その後、自分も死ぬと」

 椎菜は小さくため息をつき、力なく笑う。

「そういうサイコパスなとこ、無理」

「あ、あれは冗談で……!」

「冗談でも、思ってもいないことは言えないよね?」

 椎菜の瞳はただ深い闇のようで、その感情を読み取ることはできなかった。

「だから、ばいばい」

 言い終えると同時に椎菜は視線を切り、立ち去ってしまう。

 俺はその背を追うことも出来ず、ただ暗い廊下で雨の音を聞き続けていた。




 夏休みに入った。

 俺はどうしても諦めることが出来ず、椎菜へメッセージを送り続けていた。


『会って話せないか』

『好きな相手、俺の知ってるやつか?』

『いつからそいつのことが好きなんだ?』

『そいつもお前のことが好きなのか?』


 しかし返事は一向に来ない。

 全て既読がついているにもかかわらずだ。

(くそっ)

 俺はスマホをベッドへと投げつける。

(これじゃまるで、ストーカーじゃないか)

 そうはいっても諦めきれない。俺は放り出したスマホに再び手をのばす。


『三十分だけでも会えないか?』


 送信して間もなく、着信のアラームが鳴った。

「椎菜!」

 だがそこに表示されたのは、『無理』の二文字。

「……っ!」

 俺はスマホを取り落とし、ベッドへと倒れ込む。

 小学生の頃ぶりの涙が溢れて来て、俺は布団をかぶり声を殺して泣いた。



 夏休みも終わろうとしていたある日のこと。

 俺は無駄だと思いつつ、その日も椎菜にメッセージを送った。


『最後に一度だけ二人きりで会えないか』


 喉の奥にツンとした痛みを感じつつ、続けて送る。


『これで最後にする。二度とお前に話しかけないから』


 すると間もなく着信があった。


『いいよ、デートしよう』


(えっ?)


『明後日の朝十時から夕方六時までなら大丈夫』


(デート……)

 椎菜からの意外な返事に戸惑いつつも、胸の奥が甘く沁みる。


『絶対行く』


 俺は迷わず承諾の返信をした。

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