8時間後の無理心中に君は微笑む

香久乃このみ

第1話 十年来の想い

 俺――和倉かずくら洋一よういちが、幼馴染の相田あいだ椎菜しいなに告白したのは、一緒に受けた高校の合格発表の日だった。


「あはっ。また三年間同じ学校だね、洋ちゃん。マジ腐れ縁、勘弁して」

 合格者の受験番号の並ぶ掲示板を背に、憎まれ口を叩きつつ嬉しそうに笑う椎菜へ、俺はずいっと距離を詰める。

 そして一つ深呼吸をすると、長年心の内に秘めていた言葉を思い切って口にした。

椎菜シーナ、好きだ」

「え?」

 椎菜は笑顔のまま固まる。そして一呼吸の後、慌てて周りを見回した。

「ど、どうしたのよ洋ちゃん。合格発表でテンションおかしくなった?」

「いや、前から決めてたんだ。二人揃って合格出来たら、椎菜に告白しようって」

「ちょ、ちょっとこっち!」


 椎菜は焦った様子で俺の手を掴み、少し離れた物陰に移動する。

「何考えてんのよ、あんな場所で」

「顔、赤」

「当たり前でしょ、もうっ!」

 椎菜は両手で赤く染まった頬を抑え込む。よく見れば耳まで赤い。

「人がいっぱいいるところで、あんなこと言いだすなんて」

「みんな、自分のことに夢中で聞いてないよ」

「そうかもだけど!」

 軽く下唇を噛み、椎菜は上目遣いで俺を睨む。

「さっきの、告白、だよね?」

「うん」

「だったら、もっとちゃんとした感じで言ってよ」

「断られたら、さらっと流してもらおうと思って」

「断らないから、きちんと言って!」

 椎菜の言葉に息を飲む。心臓がより激しく鼓動を打ちはじめる。

「だから……」

 先程は合格発表を見た勢いで言えたが、一旦落ち着くと言葉は喉に貼りつく。

「俺は、椎菜のことが、好き……だ」

「それで?」

「それで、ってなんだよ」

「洋ちゃんは、私とどうしたいの?」

「どうって……」

 互いに湯気が出そうな顔で見つめ合う。

「彼氏と彼女?ってやつ?になりたい感じ?」

「ぷはっ! どうして疑問形なのよ」

 そっぽ向いて笑い出す椎菜に、俺は少しだけムッとなる。

「おい、俺はちゃんと言っただろ! 返事は?」

「……いいよ」

 蚊の鳴くような声で椎菜はあっさりと答えた。顔をそむけている方向へ回り込むと、目に涙を浮かべた椎菜の顔があった。

「え? なんで泣いて……」

「うるさいっ」

 椎菜はごしごしと手の甲で目元をぬぐう。

「遅いよ! 私は小学生の頃から、洋ちゃんのこと好きだったんだよ?」

「へ? 俺だってそうだよ」

「じゃあ、もっと早く言ってよ」

「そっちから告白すればよかっただろ」

「だって怖いじゃない。ふられたら、気まずくて側にいられなくなるし」

「俺だって同じだよ……」

 互いになんとなく黙り込み見つめ合う。


 その時、昇降口の近くから教師の声が飛んで来た。

「合格者は書類を受け取ってから帰るように! もういないか?」

「やばっ!」

 椎菜がはじかれたように走り出す。俺の手を掴んで。

「書類、もらいに行こ!」

「そうだな。せっかく一緒に受かったのが取り消しになる」

「怖いこと言うな」


 受付で受験票を提示し、名簿にチェックを入れて入学に関する書類を受け取る。

 ほっと二人で息をつき、そして互いに笑いあった。

「これで四月から、二人一緒にここの学生だね」

「だな」

「可愛い女の子見つけても、浮気しちゃだめだよ」

「そっちこそ」

 俺は椎菜の柔らかい頬を軽くつねる。

「お前が浮気したら、解体してここを食ってやる」

「こっわ」

「その後、俺も後を追って死ぬ」

「考えがやばいって」

 俺たちは互いに笑い合い体をぶつけながら。春から通う高校の門を出た。



「洋ちゃん、別れよう」

 椎菜の口からその言葉が出たのは、一学期の終業式の日だった。


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