17.お披露目夜会 後編
「すべては、ロジエの策略! 我が王国とは、無関係である!」
耳を疑う発言に、思わず叫びそうになったのを、エンゾが咄嗟に手で口を塞いで止めてくれた。その流れで、さっと抱きかかえられ柱の陰に身を隠す。
「お嬢、落ち着いてや」
「っあんの王子!」
「ふは。どっかで聞いたセリフやなぁ」
「あ」
エンゾとの初対面が、まるでつい最近のことのように思い出される。着の身着のままでボロボロなのに、命の危険を省みず、強盗から私を助けてくれた。その日からずっと、私は彼を信じている。
何もかも見透かしているような細い目が、ゆるい弧を描いた。
「殿下にお任せしといたら、心配あらへんよ」
「でもっ」
「なあに。出番はすぐ来ます」
「でばん?」
「そら、悪役ですもん~。どっかーん! とやらにゃあ。ね」
にししし、とまた愉快そうに笑われて、とりあえずの溜飲が下がる。さすが私の性格を熟知しているなぁ、と敵わない気持ちだ。
「ロジエの策略とは?」
フォルクハルト殿下は、内心イライラしていることをおくびにも出さず、淡々と会話を進めている。
「時の魔女と共謀し、王国を傾け帝国と手を結ぶ! そのような謀略に加担しないでもらいたいっ」
――ええと。なんて?
「とにかく、我が王国に敵意はないっ! 失礼するっ」
こういわれてしまえば、フォルクハルト殿下は、ロジエへの調査を行わざるを得ない。その間の時間稼ぎで、後ろ盾の勢力へ亡命を図る心づもりだろう。
だが私は、誤魔化させなどしない。
「ロジエにすべてのつみを、きせるきですか」
私が柱の陰から姿を現し立ち塞がると、マルセルは焦った様子で私の発言を遮る。
「出しゃばるな」
父はこの事態を想定していただろうか……恐らくしていないだろう。私の立場が露見した場合の計画は、聞かされていなかった。王子とは結託したつもりでいるはずだ。
「おうじょのたちばとして、もうしあげま」
「貴様に発言権などない!」
「ききずてなりません」
「たかだか公爵令嬢が! 不敬だぞ!」
「ほう? たかだか公爵令嬢と言ったか」
これ以上ないぐらいに、フォルクハルト殿下の口角が上がっている。こんなに楽しそうなのを、私は見たことがない。獲物を追い詰める狩人のようだ。
「っ聞き間違いだっ」
聞き間違いならば、私は王女ということになる。
「ならば、おうじょとして」
「貴様っ!」
気づけば、なんだなんだと周囲を貴族たちが取り囲み始めていた。穏やかでない様子に、近衛騎士たちも剣の鞘に手を掛けている。
「相変わらず、生意気ねぇ~」
ダンスから戻って来たイネス侯爵令嬢が、マルセルの腕に絡みつきながら、にたりとした笑いを向けてきた。負けじと睨み返す私に、彼女は手を伸ばし――
「ちいちゃいお口は、閉じてねぇ」
(あれ、手袋をしていない?)
不思議に思い指先を見つめているうちに、とがった爪の先で、頬を撫でられる。
「いたっ」
「お嬢!」
「リア!」
「あらあ、ごめんなさぁい、引っ掛かっちゃったぁ」
頬の痛んだ部分に触れると、ぬるりと赤い血が指についた。暴力とは言い切れない行為に、周辺の誰もが足踏みしている。
たいしたことはない。そう言いたかったが、たちまち傷口が燃えるように熱くなってきた。視界もかすみ始めている。額から、汗が噴き出てきた。
「お嬢! 唇が、紫……しまった、毒や!」
「なんだとっ! くそ、衛生兵を呼べ!」
焦るエンゾとフォルクハルト殿下の姿越しに、マルセルとイネスが笑いながら速足で去っていくのが見えた。
事態を解決せず、うやむやにするためだけに、私を殺す? なんて安直な。なんてグダグダな――素人のシナリオなんかに。私は、負けない!
「うんめい、なんて」
ごう。
空中に、片手で持てるぐらいの大きさの火の玉が生まれた。
「もやしてくれる」
私の願い通りに炎は飛んで行き、背中を向けていたマルセルとイネスの髪の毛に燃え移った。
「ギャア!」
「ヒイイ!」
給仕たちが慌てて、グラスに入った飲み物やワインクーラーの水を掛けるが、魔法の火は強い。みるみる頭皮と頬は焼け焦げ、髪の毛はチリヂリになる。
激情のままに人を傷つけてしまった私はまさに、悪役令嬢だ。このままでは、運命は変えられない。必死に考える。朦朧としながら思い出したのは、新しく生まれ変われると言ってくれた、時の魔女の言葉だ。
(そうだわ、時の魔女……!)
私は両膝を床に突き、気絶しそうなほどの苦しみの中で、エンゾに訴える。
「とき、を、まきもどし……て……」
「はっ!」
エンゾが懐から取り出したのは、時の魔女カステヘルミから授けられた『時の水晶玉』だ。
『たった一度だけ、わずかに時間を巻き戻せる。これで『時の魔女の弟子』の証明ができる』という物で、ロジエでは披露せずとも魔法だけで侍従と認められ、未使用だった。
「お嬢の時を! 戻せっ!」
◆
「ちいちゃいお口は、閉じてねぇ」
(戻った!)
瞬時に把握した私は、こちらへ伸びてくるイネスの爪を必死に避ける。
エンゾはと言うと――私の肩越しに腕を伸ばし、イネスの手首を締め上げた。バッと振り返るように見上げると、無言で大きく一度、頷いた。
(エンゾも一緒に戻ったのね!)
「何をするのよっ!」
「暗殺未遂や! どあほうがっ!」
エンゾの怒声に目を
「近衛! 拘束せよ!」
マルセルが、口角から泡を飛ばしながら抗議する。
「無礼者! わが婚約者を、なんとするっ」
私はすかさず、エンゾに目配せをした。もちろん私の侍従は、すぐさま私の意図を汲み、実行に移す。
「ちゃうってんなら、あんさんが証明しなはれっ」
「いっ! なにをす……あ?」
「ちょ、なに、なんなのっ!」
「ああ。あつい、くる、くるしい」
床に両膝を突き、口から泡を吹き出し始めた王太子を見下ろし、エンゾが冷えた目で言う。
「神経毒やな。すぐ解毒せな呼吸できなくなり死に至る。えげつないやっちゃ」
イネスは目を見開くと、必死に頭を横に振る。
「しら、しらないっ! しらないわ! わたしは、ただ!」
ところがそれを安易に受け入れるフォルクハルト殿下ではない。
「王太子暗殺の現行犯だ、連れて行け」
「いや! ちょっとひっかいちゃえって! 言われただけよ! いやああああ」
近衛騎士たちは、フォルクハルト殿下の指示で手近にあったテーブルクロスをナイフで引き裂く。その布を手にぐるぐると巻かれ、両脇を抱えられたイネスが、ひきずられるようにして連れていかれた。
貿易商人たちを常日頃護衛している東方騎士団は、荒くれ者の集まりだと聞いている。取り調べも厳しいものになるに違いないが、同情心は生まれない。
「はあ。とりあえず、凍らせておいた」
なんでもないかのように言い捨てるフォルクハルト殿下の足元には――カチンコチンになったマルセルが寝転がっている。
それを見たエンゾが、たちまち面白がった。
「ひゅ~! 確かに凍れば毒は回らんのぅ。お優しいこっちゃ」
「生かして利益があればいいがな」
「ひぃ! やっぱ手厳しい!」
肩を
「王太子であれば牢獄へ放り込むわけにはいかんな。鍵のかかる部屋に放り込め! 毒消しの手配をしろ! ――やれやれ。こんな状況ではお開きだな。いいか? リア」
こんな時でも私の意見を尊重してくださるフォルクハルト殿下に、私は――
「はい。ハルさま」
心の底から感謝し、ずっと側にいたいと思った。
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