15.お披露目夜会 前編


 お披露目夜会当日。

 東宮ダンスホール脇に用意された控室でドレスを着せられつつ、マゴットと先日行った街の様子を語り合っていた。

 

「活気のある街でしたね」

「ええ。マゴットもたのしめてよかったわ」


 串に刺された肉や、指でつまめる甘い焼き菓子など、見るもの食べるものすべてが初めてで、未だに若干興奮している。

 護衛と称して帯同したエンゾも「縁日みたいやぁ」と楽しんでいる様子だった(えんにち、が何かは分からないが)。

 

「お忍びって言いつつ、皇太子殿下目立ってましたね」

「ふふふ」


 整った顔立ちや鍛えられた長身だけではない。所作に品というものは滲み出てしまうものだ、というのを実感した。

 庶民と見比べると尚その違いは歴然で、皆「やんごとなきお方に違いない」と一歩引いて接していたのが面白い。

 その分危険も増すわけだが――私たちは最後まで何事もなく、安全に過ごすことができた。フォルクハルト殿下が「エンゾ、ご苦労だった」と声を掛けていたからには、陰で何かしてくれていたのかもしれない。

 

「あーあ。たのしいことだけだったら、よかったのに」

「リア様……」

「あ! わたくしったら」

「いえ! わたしの前でぐらい、お気楽になさってどうぞ! です!!」

「ありがとう」

「四歳なのに、頑張りすぎなんです! 疲れたら、すぐお部屋に戻っちゃいましょう! ね!」

 

 元気で明るいマゴットは、エンゾがどれだけ調べても後ろ暗いことや、不利になりそうな横つながりは出てこなかった。

 そういった背景を調べてからでないと気を抜けなかった自分を、どうしても私は恥じてしまう。マゴット本人はいつもこうして、屈託なく励ましてくれるからだ。


「ええ、そうしましょう。いつもかんしゃしているわ、マゴット」

「ももももったいなきお言葉っ」


 帝国の人々は、なぜこうも私を受け入れてくれるのだろうか。

 ユリアーナとしてなら、あるいは拒絶されただろうか――


 コンコンコン。

 

 私の思考を、ノックが遮った。


「お時間です~」


 エンゾの声だ。フォルクハルト殿下がいらっしゃったに違いない。

 

「はい! 行きましょう、リア様」


 返事をするマゴットに促されて、扉口に向かう。

 白く塗られたオーク材の、飾り彫りされた美しい扉が開かれると、タキシード姿のフォルクハルト殿下が、廊下の青い絨毯じゅうたんの上に立っていた。


「綺麗だ、リア」

「ありがたくぞんじます」


 皇后陛下から贈られたライトブルーのドレスは、パニエとレースがたっぷりで、ビスチェ部分には銀糸で百合の刺繍が入っている。

 一方のフォルクハルト殿下は黒いタキシードで、ライトブルーのベストが私と同じように銀糸の刺繍入り。前髪を後ろに流していて、涼し気な目元が強調されている。


(凛々しいお顔……)


「? 緊張する必要はない。堂々としていればいい」


 見惚れていたのを、緊張と受け取られたのが恥ずかしい。

 後ろでエンゾがニヤニヤしている気がする。見なくても、浮ついた気配ですぐ分かる。


「リア。デビュー前の女性をお披露目するなど、皇太子の婚約者とはいえ異例のことだ。疲れたらすぐに下がろう」

「あくまでもシュヴランにあゆみよったのを、みせられればよいですよね」

「その通りだ」


 すると、フォルクハルト殿下は上体をかがめて私の耳に口を寄せ、ささやいた。

 

「例え演技でも、マルセルを兄と呼ぶのは嫌だろう?」

「あっ!」


 思わず甲高い声を上げてしまった。

 そうだ、今の私はリアーヌ・シュヴラン。つまり、マルセルの妹だ!


「もうてんでした……あああ」

「はは。言っておいて正解だったな」

「こころがまえ、しておきますわ」

「ああ。だがリアの思う通りに振る舞えばいい」

「ハルさま?」

「何が起ころうと、有無は言わせん。約定やくじょうたがえた制裁は、帝国として徹底的に行うつもりだからな」

 

 言外に「なめるなよ」と言っている。

 早くも吹雪が巻き起こりそうだ。


「たよりにしております」

「うむ」

 

 今までエンゾと二人きりで頑張ってきた。それでも、私は幸福だと思っていた。運命に逆らう手段を、持っていたから。

 でも、今はもっと味方がいる――それをこんなにも嬉しく感じるとは、思わなかった。


 ◆


 東宮のダンスホールは、楽団や軽食用テーブルを並べても、優に中央付近でダンスができる広さを誇っていた。

 天井から下がるシャンデリアの数々は、夜でもホール全体を真昼のように照らし、壁や天井には大地を駆ける騎馬と騎士、それから空に浮かぶ自然の神々が描かれている。

 海の神、山の神。太陽の神、月の神。風や水、大地と火。様々な自然に宿ると信じられている神々が、猛々しい騎士たちを鼓舞しているかのような絵は、武力で栄華を勝ち取って来た帝国らしい。

 

 開催者側であるフォルクハルト殿下とその婚約者の私は、最初にホールへと入る。

 それから来賓は階級の低い順に入場し、最後にシュヴラン王国王太子マルセルと婚約者イネス侯爵令嬢が来る予定だ。

 皇帝陛下と皇后陛下は、皇都にいる。あくまでも皇太子や若い貴族たちの交流をメインとした、地方での夜会である。


 そのことが、多少私の緊張感を低く抑えてくれている。

 エスコートされ、壇上の椅子に並んで腰かけると、フォルクハルト殿下がそっと耳打ちした。

 

「今日の来客は、若いと言っても侮るな。新興勢力や、代替わりして勢いのついた者共が多い」

「ええ。しょうたいきゃくは、あたまにはいっております」

「さすがリアだな」

「おそれいります」


 執務室で、フォルクハルト殿下と共に税収や作物の収穫高、天候や輸出入に関する報告を読んだ。

 特に東側地方については、下調べも兼ねて、徹底して勉強してきたつもりである。


(本当の婚約者として、殿下も皇后陛下も、扱ってくださった)


 今の私の心の内にあるのは、シュヴランとの決別だけだ。


 儀典官の手によって、ホール入り口の大扉が、左右に開かれていく――

 

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