8.追放シナリオ


「それはまことか、リアーヌよ」

「はい」


 翌日、皇城にある謁見室に呼び出された私は、椅子に腰掛けたフォルクハルト殿下の、膝の上に座っている。大きな白い大理石を削って作られたテーブルには、皇帝陛下と第二皇子エトガルが同席していた。

 陛下は私の言い分を聞き、苦し気な表情を見せた。


「なんということだ。エトガル。嘘をくとは」


 フォルクハルト殿下の膝に乗ったままなのは、かなり恥ずかしいが、私は四歳! と必死に自己暗示をかけている。なにしろ足首は腫れていて自力では歩けないし、かといってエンゾは謁見室への入室を許されない身分だ。

 致し方なし! と心の中で言い訳をし続けている。


「噓つきは、そっちです!」


 真っ赤な顔をした第二皇子が、テーブル越しに私を睨みつけてきた。

 ぐっと部屋の気温が下がったのは、気のせいではないだろう。


「……侍従も目撃しているが」


 フォルクハルト殿下の冷たい声は、今は初夏であるのに、まるで吹雪を呼ぶかのようだ。

 が、同時に私の背を温めるのもまた、殿下の体温である。

 

「兄上は、僕じゃなく侍従を信じるのですか!」

「……」

「だいたい、四歳の婚約者って、ただの人質なのでしょう!? どうでもいいじゃないですか!」


 この発言には、さすがの陛下も目を見開いた。

 

「エトガル!」

「周りみんな、そう言ってる!」

 

 幼い皇子が甘言を鵜呑みにするのは、仕方がないことかもしれない。だが自分の行いを正当化していくうちに、嘘を真実と思い込んでいく手法には、覚えがある。高慢な侯爵令嬢の顔が、目の裏にチラついて異常に腹が立ってきた。

 奴らは嘘に酔いしれ真実に変え、嘘の真実で以て行使する正義に酔いしれるのだ。


(ここでも、おなじをみるとはね)


 思わず唸る私に、フォルクハルト殿下が耳元で囁いた。

 

「リア。漏れてるぞ」

「あ」


 ふうと大きく息を吐いてから、私はエトガルを真正面から見て、口を開いた。


「わたくしが、でんかにふけいざいをはたらいたとのこと」

「そうだ!」

「わたくしは、よんさいです」

「だからどうした!」

「ていこくのおうじでんかは、よんさいにつみをとうのですか」

「っ!」

 

 うるり、と私は瞳に涙を浮かべる。欠伸あくびを懸命に噛み殺していた甲斐があったというものだ。


「おやとわかれ。とおく、みしらぬくにへきた、わたくしを」


 部屋にいる全員が、息を呑んだ。

 

「わたくしのいのちで、きがすむのなら、どうぞおすきなように。ころされるかくごは、しております」

「リアーヌ! 殺しなどしない。まったく情けないことだ、エトガルよ」


 憤る陛下が、拳をダン! とテーブルの天板に打ち付けた。親子そっくりだ。


「四歳を不敬罪に問うなどとバカげたことには、何か理由があるのかと思ったが。自身の欲を満たすためとは、本当に情けない」

「父上! ちがいま」

「どこがちがうというのだ! 大体、不敬だからなんだ! 敬われるように振る舞うのが貴様の立場だろう。恥ずかしいと思わぬ方が大問題だ」

 

 絶句したのは、エトガルの方だ。


「しかも怪我をさせておいて、自身を庇うとはなんたる情けなさ。いい加減、甘やかしすぎた。貴様は北方騎士団に預けることとする」

「えっ」

「気候も気概も厳しい土地だ。精々励め。……リアーヌよ、許してもらえるだろうか」


 目尻にしわの目立つアクアマリンが、私を優しく見つめている。


「ゆるすもなにも、ございません。でんかのゆくすえを、みまもりたくぞんじます」

「なんと。年で言えばエトガルの方がふさわしいかと思ったが」


(冗談じゃない! こんなバカ皇子、本国のといい勝負すぎて、無理無理! 絶対嫌だ!)


「わたくしは、ハルさまがいいです!」

「リア!」


 後ろから、ぎゅううとフォルクハルト殿下が抱きしめてきた。

 ちょっと苦しい。心なしか、陛下がニヤニヤしている。話を逸らそう。


「それより、ハルさま。まわりみんな、というのがきになりますね?」

「リア?」

「わたくしをかんげいしないひとたち。でしょうか」


 コテンと首をひねると、フォルクハルト殿下は抱きしめた腕をゆるめず、不穏な言を放った。


「そいつら見つけ次第、全員凍らせてやる」

 

 ◆


 事情聴取を終えた私を頑なに離さない殿下が、自室まで抱き上げたまま送ってくれた。しかも、ベッドへ直接下ろしてくれる気遣いに、さすがに照れる。

 執務があるからと、名残惜しそうにもう一度私の足を冷やしてから戻るフォルクハルト殿下を、目だけで見送った。

 扉を閉じベッド脇へ戻って来たエンゾが、たちまち渋い顔をする。


「どうしたの、エンゾ」

「第二皇子。北方騎士団へ追放、て言うたやんなあ」

「ついほう……まあ、そうね」

「そら、あきませんわ~」

「えっ、ダメなの?」

 

 ぼりぼりと頭頂をかく侍従が、言いづらそうにしている。


「おしえて、エンゾ」

「はい。これ、帝国滅亡の危機シナリオでもあんねんな~」

「え!」


 確かアナザーストーリーと言っていたか。

 私が四歳に若返って帝国へ嫁ぐのは、本筋とは異なり、物語に親しんだ読者が書いたものであると以前エンゾから聞いた。


「素人が書いたものやし、設定に甘さがありましてん。どう進むんかと思ったらそう来たか、て感じですねん」

「エンゾは、エトガルがついほうされるかどうか、よめなかった」

「はい。けどやっぱシナリオは強いねんな……皇太子殿下を恨みに恨んで剣の腕を磨き、皇帝になるのは自分だっつって、十何年後かに皇城へ攻め込んでくるんです」

「あんちょく」

「おほーぅ。毒舌ですねえ!」

「だって。こんなんで、じゅうなんねんも、うらむの?」

 

 私は、心底呆れてしまった。

 

「いくらなんでも。であうひとびと、かんきょう、いろいろなものにえいきょうされるはずよ」

「そらあ、リア様みたいに賢かったらいいですけどねえ。チョロくて、乗せやすい性格なんでね、エトガルっちゅう皇子は」

「チョロ?」

「単純でなんも考えんと、あっさり人の誉め言葉や良いことだけを受け止める人間ですわ。都合よくぎょしやすいやっちゃ」


 ものすごくよく分かる解説だった。確かに、チョロい。

 

「ましてやフォルクハルト殿下は、氷の皇太子と恐れられるほどの魔法使いであり、剣術の達人でもある。政治にも経済にも明るい。劣等感ましまし、憎さ倍増。煽るの簡単、簡単~」

「でも、エトガルのほうが、あいきょうがあるっていっていたわ」


 勉強も運動も、本人の努力さえあればある程度どうにかなる。だが、愛想や性格はどうにもならなかったりする。


「良い方へ乗せられたらいいんでしょうけどねえ。北方はただでさえ中央と仲が悪い。なんちゅうか、都会と辺境っちゅうか」

「なんとなくわかるわ。のうりょくが、たかいどうし、あいいれない」

「そんな感じっすわ」


 ならばと私は決意をする。


「やめさせましょう」

「ん?」

「ついほう」

「まっじで!? んあ~……別の火種ひだねを生む気もしますけどねえ。でもまあ、とりあえず目先のシナリオぶっ壊すのには、賛成しときま」

 

 この時の私は、エンゾの言う『別の火種』の意味が分かっていなかった。

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