雑踏の中、僕たちは

こおの

第1話

 まるでテンプレみたいな回答だね。

 そう彼女がケラケラと笑いだして、僕はムッとしたんだ。

「いや、なんて答えたら良かったんだよ!」

「うーん、そうだなぁ」

 ほら言葉がでてこないくせに。

 俺は彼女の口が開かれるまでの数秒、辺りを観察する。

 大きなボストンバッグと駅弁が詰まったビニール袋を手にもつおじさん。

 キャリーカートを引っ張りながら、もう片方の手で眠たそうな子供の手を引くお母さん。

 暑そうに顔を歪めながら、足早に去っていく学生たち。

 僕はそんな光景を眺めていると「世界が終わる瞬間まで七美の傍にいるよ、とか?」と彼女が、茶化すような口調で言った。

「いやそれの方がテンプレくさいだろ。てか、安っぽい恋愛マンガみてぇ」

「じゃあ第2問」

 無視かよ。

 僕のその呟きまでも勿論無視だ。徹底してやがる。彼女は、まるでクイズ番組でよく聞く効果音みたいな「てってれー!」を合間に挟んでこんなことを言った。

「いま、あなたの彼女に伝えたいことは~~……ズバリ何!?」

「…………はぁ?」

「ほら、早く10秒以内で」

 いや待て待て。意味がわからん。なんで10秒なんだよ。僕はそう吐きながらも脳をフル回転させた。いやわからんぞ。何だ。何を言えばいいんだ。

「伝えたいことだよー!」

「いや急に言われても!」

「……急、じゃないでしょ」

 七美は、静かに言った。

「だって、分かってたじゃない。今日がお別れの日だって」

「…………」

 僕はふと目を逸らした。ここは駅の雑踏の中。名前も知らない人たちがみんな忙しそうに交差していく。その中で僕たちは、駅の構内の隅っこで抱き合っている。抱き合ったまま、別れのときが訪れるその瞬間まで、ここにいる。

 この暗がりで。

 この雑踏の中で。

 

 七美の身体を更にぎゅっと抱きしめる。七美は静かに抱かれている。最初は恥ずかしいから嫌だなんてお互いブーブー言っていたはずなのに。なぜか今になって離れ難くて━━━。

「第1問の回答。……変えていいか?」

 ほんの少しの間があってから、いいよ、と七美は言った。

「今世界が終わるとしたら……」

 七美の髪に、頭を埋める。微かなシャンプーの匂いがした。

「七美をつれて帰りたい」

 世界が終わるのに? と七美はクスクスと笑った。

「終わるのを知らずに呑気に駅弁食ってうまいって言いたい」

「何それ最後の晩餐ー?」

 こういうくだらないことに笑ってくれるところが好きだ。僕は常々思ってる。もうこのあとしばらく会えないのだとしても、七美はいつも僕の心を明るくしてくれる。頭上の白熱灯がチカチカと点滅していたって、七美がいれば明るいんだ。

「ほら、時間切れ!」

 七美は僕の胸の辺りをトンと押した。よろけて倒れそうになった僕に、ニコリと笑った。

「新幹線、間に合わなくなっちゃう! ほら、行こ」

 指を絡めるように手を繋ぐ。

 イヤになるほどの人混みの中を進む。足取りは重いし、肩にかけた荷物も重い。それでも僕は帰らなきゃいけない。七美という大事なものをここに置いて。

 

(今世界が終わってくれたらなぁ)

 

 そんなことは叶う訳もないし、日常は非情に続く。別れ際に一度だけしたキスを思い出しながら、僕は新幹線の座席に身を沈めた━━━━。

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雑踏の中、僕たちは こおの @karou_nokoko

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