第14話 救出

「道に迷ってしまいまして……疲れて休憩しておりました」


 アリアはむくりと半身を起こし、微笑みを浮かべた。


「……ずいぶん豪快な休憩だね……」

「殿下はどうしてこちらに?」

「フィオラに用があったんだけど、いざ近くまで来たら面倒になって。それで、ちょっと辺りを散歩していたら、君を見かけたんだ。体調が悪くて、倒れていたわけじゃないんだね?」

「はい。疲れていただけです」


 頷くと、レヴィオンが手を差し出してきた。

 アリアは彼の手を借り、立ち上がる。


(これは……好機だわ!)

 

 先ほどまで絶望感とは打って変わり、希望で胸が弾む。

  

「ありがとうございます、殿下。お目にかかれて光栄です」


 アリアは優雅に淑女の礼をして、レヴィオンを見上げた。

 目が合うと、レヴィオンはなぜか顔を歪める。

 

「ああ、うん。…………暗くなってきたし、送っていくよ」

 

 少しの間のあと、レヴィオンは取り成すような笑みを浮かべた。


「まあ! 殿下はお優しいのですね。道に迷って、あやうく死んでしまうところでした。殿下は私の命の恩人ですわ」

「……山奥で遭難したならともかく、迷ったからといって死なないと思うけど」

「私、最近こちらに越してきたばかりなのです。王都は不慣れで……」

「……大声で助けを呼べば、誰か駆けつけてくれるよ。大通りからそう離れてないし、この辺り空き家なんてないし」


 辺りの建物に視線をやりながら、レヴィオンが言う。

 確かに大声をあげればよかった。ユリシスに闇魔法をかけられたのだと疑っていたのもあって思いつかなかった。

 

 アリアはレヴィオンの言葉にどう反応すべきか考える。

 ユリシスの件は話せないが、思いつかなかった理由を適当に並べて釈明するべきか。

 それとも無知で少しお馬鹿な女の子を演じるべきか。

 レヴィオンの婚約者であるフィオラは、淑やかでしっかりした女性だ。

 同じところで張り合っても、彼女には決して敵わない。


「大声を出すのが怖くて……。悪い人たちが私の声に反応して駆けつけたらって思うと……声をあげられなかったのです」

「絶対とは言い切れないけど、王都は比較的治安がいいし、そういう心配はしなくて大丈夫だと思うよ」

「でも獣とか、お化けとかも怖いですし」


 アリアは怯えたように首を竦めてみせた。


「……お化けはともかく、人を襲うような獣は王都にはいないけど」

「私、王都のことがさっぱりわからない世間知らずなんです……。いろいろとみなさまから教えていただきたいのですが、前に田舎者だと嗤われてしまって、誰にも相談できなくて……」


 涙はまったく出ていない。

 目は潤んですらいなかったが、アリアはスンスンと鼻を鳴らした。 


「そうなの? みんなひどいね」

「私、王都のことをもっと知って、みなさんと仲良くなりたいのです。……殿下、私に王都のこと教えてくださいませんか?」

「えぇ――……強引すぎない……?」

「すみません……厚かましかったですよね」

「いやうん……別にいいよ。君、可愛いし。僕が何でも教えてあげるよ」

「よかった! 嬉しいです、殿下」

 

 どこまでレヴィオンが本気なのかわからない。

 けれど、一応は次の約束を取り付けた。

 

「とりあえず、送っていくよ。……それ、君の荷物じゃない?」


 放り投げていた鞄を、レヴィオンが指差す。

 アリアは慌てて取りに行き、鞄を持ち上げた。

 

「僕が持つよ」

「あ、いえ。大丈夫です」

「でも重たそうだから」


 細身だが身体は鍛えているらしい。

 レヴィオンはアリアが必死で持っていた鞄を、ひょいと簡単に提げて歩き始める。


 同じところをぐるぐると回っていただけらしく、レヴィオンについていくとすぐに大通りに出た。

 

「王都には入り組んだ道が結構あるから、一人では出歩かないほうがいいよ」

「そうですね。そうします」


 忠告をありがたく聞き入れ、宿まで送ってもらう。


「君、この宿に住んでるの?」


 レヴィオンが訝しげに訊いてくる。

 

「はい。いろいろ事情がありまして」

「事情……?」

「実は私は孤児なんです。私、今は元気なんですけれど幼い頃は病弱でして……。孤児院で虐められていた私を哀れんで、ソラリーヌ男爵が引き取ってくださったのです」


 アリアは待ってましたとばかりに、己の過去話を脚色を入れつつ明かした。


「ですが……。その男爵が肺の病でお亡くなりになって……殿下、私、実は結婚を迫られているんです」

「…………え?」

「相手は奥様と離縁したばかりの、二十も年上の頭のはげた小太りの男性です。すでに何人もの愛人と子どもがいると聞きます。そんな男性と、私は結婚せねばならない……。結婚すれば私に自由はありません。王都の学院に通うのは長年の夢でした。だから、最後に我が儘で転入してきたのです」


 アリアは沈んだ声で言う。


「……へえ。そうなんだ」

「そうなんです! だから、こんな素敵な場所で、こんな素敵な方とお話しできるなんて……私、本当に幸せです」


 アリアは儚げに微笑んで、レヴィオンを見上げた。

 せっかくの好機を逃したくなくて、少し積極的になりすぎたかもしれない。

 レヴィオンは戸惑ったような引き攣った表情を浮かべていた。


「すみません……実は以前から殿下に憧れていたんです。だから……その、浮かれてしまって……」


 アリアは落ち込んで見えるよう、眉尻を下げ唇を噛んだ。


「……ええと、そうだね……。僕も君みたいな素敵な女の子と話せて嬉しいよ」


 上手く同情を誘えたらしい。

 レヴィオンは薄く笑んで、そう言った。


 誰とも恋をしないまま、愛のない結婚をするのは嫌だ。

 だから期間限定でもいいから恋人になってほしい――とお願いしようと思っていたのだが、あまり性急するぎると怪しまれてしまう。

 今日のところはこれくらいで充分だ。


「本当に今日はありがとうございました。殿下にお会いできて、アリアは最高に幸せです。今度、助けて貰ったお礼をさせてくださいね」

「お礼っていうほどのことしていないけど」

「命の恩人ですもの! 絶対にお礼はさせていただかないと、天罰がくだりますわ」


 別れ際、レヴィオンから鞄を受け取る。

 時間が経過したからなのだろうか。鞄は元の重さ……片手で持てる程度の重さに戻っていた。



 部屋に戻り、鏡に移った自身を見たアリアはぎょっとする。

 髪はボサボサなうえに、前髪が汗で額に張り付いている。

 地面に横たわっていたせいで、制服だけではなく顔まで泥で汚れていた。

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ざまぁの報酬がとんでもないものだった件 イチニ(御鹿なな) @gorokunana12

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