第13話 迷子

「私は彼女と親しくなれとは頼んでいない」


 黒いフードの男……ユリシスが冷たい声音で言った。


「彼と顔を合わせる機会も増えるでしょうし、彼女と親しくしておいて損はないと考えました」

「彼女を利用せずとも、機会は作れるだろう?」

「ですが……彼とは学年も違いますし……」

「君の怠慢ではないのか? 試験中、疎かにしていたこともだが、君には真剣さが足りない」


 ぎろりと睨まれ、アリアは「すみません」と謝罪を口にした。

 ユリシスが大きな溜め息を吐く。


「ただでさえ、彼女はあいつの軽薄さに心を痛めている。君を信用して、裏切られたら……彼女が哀れだ……」


 ユリシスは地面を見つめ、低い声で噛みしめるように言った。


(…………もしかして、この人が王太子を追い落としたいのって……)


 無能な異母弟に国を任せたくない。自身が王になりたい。その手段として、ユリシスはレヴィオンとフィオラの仲を裂こうとしているのだと思っていた。

 けれど、もしかしたらその手段こそが……二人の婚約を解消させることが、ユリシスの目的なのではなかろうか。


「婚約の解消をさせたいのは、フィオラさんのことを愛していらっしゃるからですか?」


 ユリシスの言葉からフィオラへの強い想いを感じたアリアは、純粋な興味が湧いてきて訊ねた。

 ユリシスは目を細め、アリアを睨み付ける。


「アリア・ソラリーヌ。余計な詮索は身を滅ぼすぞ」

「…………っ」


 本が入っている鞄が、急にずしりと重くなった。


「……私はただ……彼女を案じているだけだ」


 ユリシスは低い声で言い残すと、アリアが来た道とは別の路地へと消えていく。


(自分が王太子になって、フィオラさんと婚約するつもりなのかしら……)


 自身が王太子になるため……レヴィオンからすべてを奪いたくて、フィオラを望んでいるのか。

 それともフィオラを欲しいから、レヴィオンを追い落とし王太子になろうとしているのか。


 ユリシスの真意はわからない。

 しかし仮に愛などというあやふやな感情のために、王位を争っているのならば呆れる。

 馬鹿馬鹿しく思えた。

 

(まあ、別にどうだっていいけれど……というか、持てなくはないけれど、すごく重い……)


 五冊の本があるので重くはあったが、片手で持てる程度の重さだった。

 それが今は、両手でないと重くて提げられない。

 鞄はアリアの言葉に反応するように、急に不自然に重くなったていた。ユリシスの闇魔法なのだろうか。

 

(鞄の中にフィオラさんから借りた本があると知って、私に持ち帰らせないように重くした……とか?)


 借りた本を返せなくして、アリアとフィオラが親密になるのを阻止するつもりなのか。

 だとしたら、地味で陰湿な魔法である。

 置いて帰らざるを得ないほど重くないのも、試されているみたいで居心地が悪い。


 気合いを入れて鞄を持ち直し、アリアは大通りに戻るため踵を返した。

 記憶を頼りに来た道を辿ったのだが、まったく見覚えのない小道に出る。

 慌てて引き返したものの、今度は行き止まりだった。


 鞄は重くて手がちぎれそうだし、先ほどから見た景色ばかりだ。

 おそらく、同じところをぐるぐるしている。

 辺りも薄暗くなってきたし、お腹も空いてきた。足も怠い。

 これも闇魔法な気がしてきた。

 ユリシスは自分をこの迷路に閉じ込めて、餓死させるつもりなのだ。

 彼の依頼どおりに動けなかった罰に違いない。

 自分はここで死ぬのだろう。

 疲れ果てたアリアは、鞄をその場に落とし、地面に膝をつく。

 制服が土で汚れるのも構わず、仰向けに横たわった。

 空は薄闇色に染まっていた。

 

 死の恐怖で絶望してもおかしくない状況だったが、アリアの心は晴れやかだった。

 こんなところで死を迎えるとは想像もしていなかったが、ユリシスと取引したことも後悔していなかかった。


(ちゃんと願いは叶えましたって……そう、あの人に報告できるし)


 よくやったと褒めてくれるだろうか。

 皮肉げに笑んでくれるだろうか。

 大事な妻と子になんてことをしてくれたのだと、怒るだろうか。

 怒られたとしても、もう一度会えるのは悪いことではない。


 胸の上で手を組み、アリアは穏やかな気持ちで死を待った。

 遠い昔。母が亡くなったときも、こんな風に死を待っていた……と思い出に浸っていたときだ。


「……何をしているの?」


 聞き覚えのある声がした。

 見ると金色の髪をした青年が、アリアの顔をのぞき込んでいた。

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