第9話 準備
優秀な王子だと評判なだけあって、ユリシスの行動は早かった。
アリアを取引をした二日後、アダム・ソラリーヌが強姦罪で投獄され、三日後には男爵夫人が詐欺罪で捕まった。
そしてその翌日には、法律家が訪ねてきた。
男爵夫人とアダムが犯罪者になったため、ソラリーヌ男爵家の相続人は養女のアリアだけになった。
男爵が遺言書も残していたのもあって、手続きはすんなりと済み、アリアが男爵家を継ぐことが決まる。
十八歳になるまでは代理人が男爵家を管理し、その間にアリアが問題を起こさないこと――という条件はついていたけれど。
出自のわからぬ孤児を主人と仰ぐようになるのだ。
反感を持たれるだろうと身構えていたが、執事をはじめとしたソラリーヌ男爵家の者たちは、意外にもアリアがソラリーヌ男爵家を継ぐことをあっさりと受け入れた。
アダムや男爵夫人はアリアが思っていた以上に、彼らから嫌われていたらしい。
ユリシスは約束どおり、報酬の前払いとして男爵夫人とアダムを排除してくれた。
今度はアリアが約束を果たす番だ。
王都へ向かう前日、アリアは男爵の墓の前にいた。
もしも男爵が生きていたならば、男爵夫人とアダムが捕まったことを喜んでいただろうか。
一度は愛した女性と、たとえ我が子ではなかったとしても唯一血のつながりのある者。いざとなれば見捨てられず、助けようとしたかもしれない。
本当にこれでよかったのかと心の中で訊ねてみるが、相手は死者だ。もちろん答えなど返ってこない。
――愛などまやかしだ。
思い出の中の男爵の言葉を、アリアは信じるしかなかった。
◆ ◇ ◆
王都に向かったアリアは、宿を借りそこで暮らすこととなった。
宿泊費はもちろんユリシス持ちである。
アリアはそこでしばらくの間、勉学に励んだ。
なぜかというと、王太子の通っている王立学院に転入せねばならなくなったからだ。
ユリシスが用意周到なのか、王太子が用心深いからなのか。
どちらが理由なのかはわからないが『夜会で王太子と出会う』というアリアの案は却下された。
代わり提示されたのが『学院に入り親交を深めていく』案だった。
ユリシスがさも簡単げに言うので、アリアはその案を承諾した。
けれど……王立学院へこの時期に転入するには、そこそこ難関な試験を受けねばならない。
ユリシスの権力は学院には及ばないらしく、アリアは自力で試験に合格せざるを得なかった。
試験には二度落ち、三度目にようやく合格をした。
王太子の誘惑どころか、会う前に取引が不成立になるところだったので、合格通知を見たときは心の底からホッとした。
白い上下に、胸元にはリボン。
届いたばかりの学院の制服を着たアリアは、髪型について悩んでいた。
(服と同じ色合いのリボンで結ぶべきかしら。清潔感を出すために纏めたほうがいい? 毒婦路線で色っぽく攻めたほうがいいのかしら)
三つ編みで少しやぼったくするのも、アリかもしれない。
レヴィオンの好みを聞いておくべきだったと悔いていると、コンコンと窓を叩く音がした。
見ると黒い鳥が、嘴で窓を突いている。
アリアが窓を開けると、黒い鳥が部屋に滑り込んでくる。
『標的ひとつ上。乙女は同じ。明日から、期待する』
黒い鳥が甲高い片言で、ユリシスの言葉を伝えてくる。
王都に移って以降、ユリシスと対面したのは一度だけ。
連絡は黒い鳥を通じて取り合っていた。
アリアは「承知しました」と返事をする。
黒い鳥はひとつ頷くと部屋から出て行き、飛び立っていった。
伝書鳩のように、アリアの言葉をユリシスに伝えに行くのか、鳥を通じてすでに自分の言葉が伝わっているのか。
魔法についての知識がないので、どういう仕組みなのかアリアにはわからなかった。
黒い鳥が空の向こうへと消えていくのを見届け、アリアは窓を閉めた。
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