第8話 取引
ラクーン王国を治めるファルディス王家には、二人の王子がいた。
闇の王子との異名を持ち、民からの人気も高いユリシス・ファルディス。
そして王太子レヴィオン・ファルディスである。
すでに臣下として国益をもたらしているユリシスとは違い、未だ学院に通っているレヴィオンの評判は高くない。
アリアも自国の王太子なので名前こそ知ってはいたが、レヴィオンの経歴や人物像などを耳にしたことがなかった。
「王太子……レヴィオンは私の異母弟だ。弟といっても、年の差は一か月だけなのだが」
ラクーン王国の現国王がまだ王太子だった頃。
彼には結婚する前から懇意にしていた女性がいた。
王宮の侍女だったその女性は己の立場を弁えていて、彼の結婚前に身を引いたという。
しかし別れ際の逢瀬によって、女性は子を宿した。
そして奇しくも王太子妃と同じ時期に出産したのだが、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまった。
王家の血を継ぐのは間違いない。
養子に出すべきだという声もあったというが、女性の産んだ子は王子として王宮に迎え入れられた。
その子どもがユリシスである。
「正統な世継ぎはレヴィオンだ。だが……レヴィオンは未熟なところがいくつかあり、王太子に相応しくないのではという声がある」
「……未熟、ですか?」
「そうだ。王太子として未熟……いや、王として資質がまったくないのだ。レヴィオンの派閥、王妃の派閥の者たちは私に対抗してレヴィオンを光の王子と呼び、その呼び名を定着させようとしている。だが、レヴィオンは光魔法など扱えない。そもそも魔力がないのだ。周りがおだてるものだから、己が無能だという自覚がなく、努力すらしない」
ユリシスは苛立たしげに言い募る。
言葉の端々に、異母弟への見下しが感じられた。
王の子であっても、母が違えば扱いは異なるはずだ。
鬱屈した恨みや僻みのようなものもあるのだろうが、それ以上に異母弟の無能さに嫌気がさしているようだった。
(それくらい酷い男なのかしら……)
脳裏にアダムの顔が浮かぶ。
アダムは容姿が悪い。そのうえ態度も性格も悪かった。
王太子がアダムのような男ならば……母親の身分が低くとも、ユリシスに王になってほしいと願う者は多かろう。
「王太子殿下を誘惑して……廃嫡されるほどの罪を犯すよう仕向ければよいのですか?」
「レヴィオンには婚約者がいる。婚約の解消だけで充分だ」
王太子の婚約者は、政治力のある侯爵家の令嬢だという。
侯爵家の後ろ盾がなくなれば、王太子の派閥も瓦解するはずだ……とユリシスは言った。
「王太子殿下が私に興味を持たなかった場合は、取引は無効になるのでしょうか?」
「魅了の魔法が使えるのだろう?」
魅了の魔法など使えない。そもそも魔力がない。
けれども真実を明かし、せっかくの機会を失いたくないアリアは堂々と嘘を吐いた。
「私の魔力は微々たるものですので、効き目には個人差があるのです」
「そういうものなのか。……前払いとして夫人と子息は追い払ってもいい。もし失敗に終わった場合は、君がソラリーヌ男爵家を継ぐのを阻止する、ということでどうだろうか?」
二人に継がせたくないだけで、アリアは別にソラリーヌ男爵家を継ぎたいわけではない。
成功しようが失敗しようが、アリアに損のない取引だ。
どちにしろアダムの愛人になるつもりだったのだし、王太子がどれほど醜悪な人物であろうとも、まったく気にならない。
「それで構いません。夜会などで、王太子殿下にお会いすればよいのでしょうか?」
「いや、それ相応の準備したうえで、レヴィオンと会う機会を設ける。私の指示に従ってくれ」
今後の予定は後日改めて話す、ということになった。
「そうだ。この取引の件を誰かに漏らせば、君は無事では済まない。気をつけるように」
応接室を出る際、ユリシスはふと思い出したかのように足を止めて言った。
「……私の行動が見張られているということですか?」
「いや、先ほど取引を交わす際、闇魔法を使ったのだ。他言すれば、君だけでなく私も無事では済まない。互いに秘密を守るための魔法だ」
王太子を陥れる計画が明るみになれば、ユリシスの身が危うくなる。
秘密を守らせる方法があったからこそ、出会ったばかりのアリアに取引を持ちかけてきたのだ。
魔法を使ったと『今』話すのは、ずるいと思う。
けれどアリアも魅了が使えると嘘を吐いているし、そもそも立場からして文句は言えなかった。
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