第2話 不公平な人生
どんな人生を送るのかは、生まれたときに決まるという。
それが
けれど、この世界が残酷なほどに不公平なのをアリアは知っていた。
アリアはラクーン王国の辺境領近くにある小さな町で生まれた。
母親は辺境領の兵士たちを客にしている娼婦。
父親は名前も顔も知らない。母は父について、アリアに何ひとつ教えてくれなかった。おそらく母自身も、アリアの父親が誰なのか知らなかったのだと思う。
母を一言で表すなら、恋愛依存症。
いつも男にのめり込み、尽くして貢ぎ、男にたかられは捨てられていた。
とにかく『愛している』の言葉に弱く、 『お前を愛しているんだ。お金を工面してくれないか』と頼まれると、頷かずにはいられない性分で、どれだけ生活が困窮していても愛する男のために、お金を用立てていた。
そして母の金払いが悪くなると、男は決まって姿を消す。
『信じていたのに……! お金目当てだったのね……』
そう嘆く母を、何度見ただろう。
いいかげん学べばいいのにと思うけれど、馬鹿のひとつ覚えみたいに母は男に溺れては裏切られていた。
母の稼ぎはそれほど悪くはなかったが、ほぼ男に貢ぐため生活は困窮していた。
隙間風が入り害虫だれけのボロ家と、つぎはぎだらけの汚れた服。
幼い頃のアリアは、いつもお腹を空かせていた。
そんな母との貧しい生活が終わったのは、九歳のときだ。
その頃、母は年下の男と交際していた。
男は辺境領軍の倉庫番で、母が今まで愛してきた男たちとは容貌も性格も違っていた。
ずんぐりむっくりな体型で、醜男とはいかないまでも美形とは口が裂けても言えない顔立ちだった。
そして容姿のせいか性格のせいか、母と出会う三十歳になるまで、女性を知らなかったという。
二人の交際は、男から熱烈な告白を受け、母が折れるかたちで始まったそうだ。
男は見るからに貧乏そうだったし、空気が読めないお喋りで、よく冗談を口にしていたがちっとも笑えなかった。
つまらないし冴えない男だった。
けれどそれでも母が今まで愛した男たちとは、比べようもないほどイイ男だった。
母に金の無心をしない。家に来るときは、焼き菓子を持参してきた。
アリアにも母にも、男は一度も手をあげなかった。
交際を始めて半年経つ頃には、母と男の間では、娼婦をやめて結婚する話まで出ていた。
『真実の愛を見つけたわ』
あの頃の母は幸せそうに笑みながら、頻繁にそう口にしていた。
けれど、男は母を裏切った。
母の知人の娼婦と情を交わしたのだ。
真実の愛に裏切られた母は、怒り狂い大げんかをた挙げ句、男を殺してしまう。
そして後悔の念にかられたのか、男のあとを追いたかったのか。
それともたんに、殺人罪で捕まるのが嫌だったのか。
母は首を吊った。
母にとって一番大事なのものは『愛』であり『男』だった。
豊かな生活や清潔な部屋。美しいドレスや美味しい食事、我が子よりも、いつだって恋愛を優先していた。
愛を失い自害するのは、母らしかった。
母が亡くなり一週間後。
腐臭に気づき部屋に乗り込んできた者たちによって、アリアは保護された。
そして辺境領にある孤児院へと預けられた。
孤児院には九歳から、二年間ほど過ごした。
母と暮らしていた頃は、丸三日何も食べられない日もあった。
けれど孤児院では朝と晩に食事が出る。
黴びたパンだけのときもあったけれど、母と暮らしていた頃に比べたらひもじくはなかった。
ただ、暴力が酷かった。
上下関係が厳しく、年上の者たちに目をつけられたら容赦なく『しつけ』をされる。
厳しいしつけにより、死んでいく者も少なくなかった。
大人たちはというと見て見ぬふりどころか、しつけに加わる者もいた。
アリアは彼らに目を付けられぬよう、目立たぬよう、道ばたに転がる石のごとく気配を殺して過ごしていた。
そんな石ころに、なぜ興味を抱いたのか。
「この娘を引き取りたい」
孤児院を視察に来た男が、アリアに目を留め言った。
薄毛の白髪交じりの頭に、ひょろりと背の高い、厳めしい顔つきの男だった。
男はダン・ソラリーヌ男爵。
そこそこ広い領地を持つ、このあたりでは有数の資産家だった。
男爵はアリアを使用人としてではなく、養女にするつもりだという。
慈善事業に熱心な貴族も、もちろんいる。
けれども男爵は既婚者なのに妻を同行しておらず、単身で孤児院に訪問し、男児には目もくれず、女児ばかり見て回っていた。
六十歳の男が、十一歳の汚い孤児を引き取る。その目的は誰の目にも明らかだった。
孤児院で暴力に怯え暮らす日々と、老いた貴族男性の愛人になること。
どっちがマシなのかはわからない。けれど、そもそもアリアに選択権はなかった。
アリアがその話を聞いたときには、院長は男爵から多額の寄付金を受け取っていた。
アリアが男爵の養女になることはすでに決定していたのだ。
――愛人だけで済みますように。
世の中には人の皮を被った化け物がたくさんいることを、アリアは知っていた。
愛人になったうえに、暴力を振るわれるのは流石に気が重かった。
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