第11話
「ああ、違うっしょ」
「こっちじゃない?」
「ううん。こっち」
「いやいやいやいや」
三人が私というお人形を飾るために言い争いを始めてから、何分が経っただろう。
じっとしていて、と言われて、動かず待っていたけれど、限界が近い。
だいたい、なんで私には現状を確認する権利がないんだろう。感覚的にどこに何をされているかはわかるけれど、自分の顔を自分で見られる目なんて当たり前に持っていないから、それを視覚的に確認できなくて不安になる。
視線だけを動かすと、ユイが普段使っているのだろう卓上ミラーを見つけた。あれを私の前に連れてきてくれないものか。それが私の前にあったとしても、みんなが入れ替わり立ち替わりミラーの前にやってきて、結局のところ見えない可能性はゼロではないけれど。
「うわぁ、こういうのを原石と呼ぶんだろうな」
「我々は発掘者である」
「ちょ! 発掘したの、あたしだから!」
「はいはーい。あ、マイコ、目瞑って」
「ねぇ、チークどこ入れる?」
「上めで」
「オッケー」
団結するみんなと、遊ばれる私。どことなく感じずにはいられない疎外感をこれ以上膨らませないようにと、心の目でお城を見る。
私は今、プリンセス。これから、舞踏会に行くの。かわいくなって、自信いっぱい招待客の前に出ていくの――。
「なに? マイコ。ご機嫌じゃん」
「え、そう?」
「ってか、いつまで目瞑ってんの?」
「もう。開けていいなら、いいって言ってよ」
「それもそうだ」
「あははっ!」
「あ、マイコ、待って!」
唇の神経が微細な刺激を感じ取る。
ブラシじゃない。スティックでもない。柔らかい。たぶん――チップ。
「はい。開けていいよ」
「じゃあ、開けるよ?」
「うん」
ゆっくりと、瞼を開く。
目の前には、三つの満足げな顔と、鏡に映るプリンセス。
「仕上げは自分でやりな」
フウカが差し出してきたのは、小さなコスメ。そのコスメがなんなのか、私はよく知っている。
「ええ、ここまでやってくれたのに?」
「散々イメトレしてきたんでしょうが」
「自分でできることは自分でやらなきゃ」
「そのまえに、グイッといこう。グイッと」
ユイが差し出してきたのは、ギロチンみたいなビューラーだ。
「ジュースじゃないんだから」
ミサコはそう呟きながら、聖母がするのだろうあたたかく包み込むような目で私を見た。
指を動かし、空気を挟む。
使い方は、わかる。
「ふわぁぁぁ」
緊張しすぎて、吐息に変な音が乗る。
ここまでかわいいを積み重ねてもらった顔面を、まつ毛ひとつで台無しにするかもしれないという緊張に、私はいとも簡単にのまれていた。
「や、やるよ?」
「いや、なんでそんなにおびえてんの?」
「巨大ロボに乗り込んで戦闘にでも行くの?」
「マイコ、いきまーすってか?」
「ふはは!」
私からしたら、笑い事じゃない。
でも、今は、笑ってもらえて助かる。笑ってもらえたら、どうってことないことをするような気になれるし、自分が潔く一歩を踏み出せないとしても、責められているように思わないで済むから。
ごくん、と誰かが唾液を飲んだ。
顔と声では笑っていても、どこか緊張しているのは、私だけじゃなかった。そのことに気づいた瞬間、私の手はすっと目元へと近づいていった。
グイッと力を込める。
行動してしまえば、なんてことはない。たったの一瞬で、かわいいは増す。
反対のまつ毛もグイッと上向きにすると、マスカラに手を伸ばした。これまで使っていたからっぽのマスカラとは、ブラシの形が違かった。でも、平気だ。落ち着いて、いつも通りのことをするだけ。
すぅ、すぅと上向きまつ毛を撫でる。
何もしない時と比べると、なんだかまとまりを感じる。つけたことなんてないけれど、見たことはあるつけまつげみたい。
「いいじゃん。かわいい」
「うん。かわいい」
「なんか、楽しいね。こうして、かわいいを作るの。あー、あたし、やっぱり専門学校行くわー」
「じゃあ、あたしはフウカの練習台になるわー」
パッ、と、私の心の中で、希望の花が一輪咲いた。
私は、咲いたばかりの希望を言葉に変えて、解き放つことにした。私の心の中だけではなくて、誰かの心の中にもこの花の種を飛ばすことができたなら、私の希望は、実現に一歩も二歩も、近づいていくような気がしたから。
「わ、わわわっ!」
「どうした? マイコ」
うまく言葉が出ない私を、フウカが微笑み見る。
「れ、練習台に、私もなりたい!」
「ヤバ! フウカ、学ぶ前から売れっ子じゃん⁉︎」
「はっはっは! ユイも予約、入れておいたほうがいいんじゃない?」
「あー、別にいいかな?」
「おいっ!」
「ウソだよ! 入れといて! お願いお願いお願ーいっ!」
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