4
桜花の乗ったUH-1ヘリコプターは元・都心上空にいた。
立川を離れてしばらくすると周囲にあった高層ビルが無い。前方に見えているのは明治神宮の森だろう。
上空からは花火のように白い炎が降ってくる。
空中戦は地上5000メートル以上の位置で行われている。ヘリコプターの高度は3000メートル、周囲を飛んでいる物は無かった。
――攻撃力に加わることはできない。
桜花は地上を見下ろした。
黒煙が大気中を漂い、熱気が下から昇ってくる。緊急車両のサイレンが炎の間で明滅しているのが見える。ヘリポートとして整備されていた建物の屋上は建物ごと崩れている。東京タワーは鋼鉄で出来ているため形状を留めている。その近くにある広場、おそらく芝公園に桜花は着陸した。
避難していると思われる人々が取り囲んでくる。
「重症の方を病院へ運びます!」
操縦席を降り、後部座席へのスライドドアを開けながら叫んだ。桜花の声はその身体ごと押しのけられた。我先にとヘリコプターへ乗り込む人々は全員が誰にも何も譲る気配もない。
「うちの子幼児なんだから! アンタ! どきなさいよ!」
「私、妊婦なんです!」
「うちの子をのせなさいよ!」
「俺を乗せろ!」
「私、透析が必要なんです!」
「こっちに怪我人がいる!」
殴りあい、掴みあいをしてはヘリコプターの後部座席によじ登っている。冷静に譲り合って要救護者の重症度の高い方から乗せる、などということはできそうもない。
「みなさん! 落ち着いてください! 重傷者から運びます! すぐに助けが来ますから!」
桜花は後部座席へ乗り込もうと藻掻いている人々の傍で叫んだ。既に座席に座り込んだ三十代くらいの男性は足を引っ張られても蹴り返している。その隣にいる高齢男性も小学生くらいの子供を抱えた女性も動こうとはしない。
「オマエ、パイロットだろ! さっさと飛べよ!」
「そうよ! すぐ助けがくるなら誰からだっていいでしょ! もう乗ってるんだから!」
「痛い! 助けて!」
母親らしき女性が小学生男子を座席空間へ押し込む。隣で男性がその小学生を掴み出そうとして引っ張っている。
不意に桜花の腕が強く掴まれた。驚いてそちらを見ると高齢女性が両手で桜花の腕を掴んでいた。
「アナタ、パイロットなんでしょ! 私も乗せて頂戴、足が悪くて避難できないのよ!」
桜花は操縦席のドアを開け、91式携帯地対空誘導弾一式を取り出した。それをすぐそばで見ていた高齢女性は車の助手席に乗るように乗り込もうとしたが、後ろから引き倒されて悲鳴を上げた。次々とヘリコプターへ押し寄せる人々に押し出されるようにして桜花は人の輪から押し出されていった。
言い争い、時折掴みあう人々を見ている桜花の目は昏くなっていった。
木々の立ち並ぶ方へ後ずさり、木の幹に寄りかかる。
頭上で爆発音がして、目の前から再度爆発音と爆風が巻き起こった。
先ほどまで騒いでいた人々とともにUH-1ヘリコプターが炎に包まれている。
周囲には黒い破片が落ちている。見上げれば寄りかかっていた樹木も炎を上げていた。UH-1ヘリコプターの燃料に引火して更に爆発が起こる。地上にばら撒かれた破片の間に見える白っぽい塊は何だろう? そちらを見ようとして桜花は頭を動かせないことに気が付いた。立ち上がることもできない。
両脚は既に真っ黒く炭化している。おそらく、見えている両手もそうだろう。
――最後に見える景色はもっと綺麗な景色が良かったなぁ
被っていたヘルメットが俯いた目元を爆撃から多少守ってくれたのだろう。酸素の欠乏で悪化していく頭痛の中、徐々に暗く霞んでいく視界は涙で滲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます