ドッグファイト(小)

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 ワシントン特別区DC。言わずと知れたアメリカ合衆国の首都である。

 経済の中心はニューヨークであるが、政治の中枢はこの区画整理された美しい都市に集まっている。

 DCの中心といえば国会議事堂の西側に伸びる「ナショナル・モール」と呼ばれる広々とした緑地帯がある。エジプトのオベリスクの形をしたタワーであるワシントン・モニュメント、第二次世界大戦記念碑、リンカーン記念堂があり、ポトマック川に至る広大な面積は南北にスミソニアン博物館群と政府の主要な省官庁がとりかこみ、ほぼ一年中観光客と警官で溢れている。


 17時30分、このナショナル・モールに平行に走る道からリンカーン記念堂を右手に過ぎ、ロッククリーク・アンド・ポトマック・パークウェイを黒いSUV2台が北上していた。中央座席には篠山外務大臣が座っている。

「一体何があったというんだ。何も情報はないのか?」

 苛々した様子で篠山外務大臣は後ろの大使館職員 梅山うめやまを横目で見た。

「これまで、日米安保を重視してきた大統領が、突然手のひらを返したような状況でして……」

「そんなことは実感している。その原因になるような何かを把握しておくのが外交というものだろう」

「ごもっともです。申し訳ありません篠山大臣」

「もういい」


 梅山とは反対側の窓側には秘書官の小野寺おのでらがほっそりとした身体で座っていた。美しい彼女は篠山外務大臣の愛人であるという噂が絶えないほど大臣には常に同行している。しかも現在、移動中とはいえ勤務中であるにもかかわらず両手でスマホを操作してメッセージのやり取りをしている。

 二人の間に座っているのはもう一人の秘書 加藤かとうである。加藤は小野寺のふるまいを全く気にしていないように見えた。


「先生、日本からの連絡です。政府は正体不明機による自衛隊機の損壊について重大な懸念と遺憾の意を表明するそうです」

「そんなもの発表したとて何になるというんだ。円盤の動向は?」

「南下しています。すでに函館を過ぎました」

「レーダーに映るようになったのか?」

「いえ、航空自衛隊が無人探査機グローバルホークを並走させています」

「カメラには映るのか。一体何なんだ、アレは」

「いわゆるUFOってやつですよ、先生」


 秘書官とは思えない気安さで小野寺が言った。視線はスマホから上げもしない。

「軍人が多く集まる大型掲示板では『ロシア付近』から現れたって言ってますね」

「UFOなら宇宙からくるものだろう?」


 小野寺が返事をしないのを見て加藤が代わって答え始める。

「一般的には宇宙人の乗り物、と見なされていますが大気圏外から突入してきたのを確認した情報はありません。また、一部では地底人の乗り物という説もあります」

「どちらにしろ早くいなくなってもらいたいものだ。自衛隊機に対しての接触は異文明間の不幸な事故だったと思いたいね」

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