日米安全保障条約効力停止

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 関東地方、陸上自衛隊立川駐屯地近くの食堂において、陸上自衛官・木村きむら 桜花さくらはいつも通り、異様な速さで夕食をとっていた。久しぶりの休日を満喫しての帰り道である。


 食堂のテレビは夕方のニュース番組を流していた。

 北にある大国が隣国に侵略している戦争でだいぶ押されている様子が紹介される。和平条約の話し合いがスタートしたらしい。それでもミサイル攻撃は止まらないらしい。


「やだよねぇ、話し合いするんだから、もうとりあえず休戦すればいいのにねぇ」

 目の前に座った防衛省職員・木村きむら 菊花きくかが言う。遠い、ヨーロッパでの戦争ではあるが、戦争が嫌いなので防衛省に入省した菊花にとっては戦争は嫌悪感を湧き起こす。双子ではあるが、桜花と比べると食べるのは遅い。


「少しでも自分たちに有利な条件にしたいんだよ」

 食べ終わった桜花が緑茶を飲みながら言うと菊花は頭を振った。

「やだやだ、民間人が被害を受けるっていうのに。首脳同士で殴り合いでもしとけってのよね」

「でもブラドミルって柔道の達人らしいよ」


 北の大国を支配する独裁者ブラドミルの名を上げると菊花は「ひょえー」と声を上げた。続いて先日発生した沖縄での米軍基地侵入事件に伴って防衛大臣と外務大臣がアメリカを訪問しているニュースが流れる。

「これさ、一人亡くなってるんだよね」

 菊花が声を潜めて言った。

「そうなの?」

「うん、警備に当たっていた沖縄県警の警察官の人。デモ隊を止めようとして殴り殺されたみたい。桜花ちゃんは今の駐屯地の警備とかするの?」

「たまにはするよ」

「気を付けてね」

「大丈夫だよ、訓練もしてるし、一人じゃないし。心配いらないよ。それに」

「それに?」

「デモ隊が来たら警察に通報するから」

 二人で笑い出す。デモ隊対応は自衛隊への要請でもない限りは行わない。警察の仕事である。

 テレビは最近のウワサとして「トカゲ型宇宙人」の特集をしていた。リボンを首に結んだトカゲが円盤型UFOに乗っているイラストが紹介されている。

「そういえば、ブラドミルってさ、トカゲ顔だよねー」

「瞬きしてるイメージがないよね」


 好き勝手なことを話しているうちに桜花の門限が近づいたので駅で菊花と別れて帰営した。


 門では何事もなく通過したが、上官たちがあちらこちらにいる。いや、駐屯地に配属されている幹部全員が夜間であるにも関わらず駐屯地内にいた。なんとなく胸騒ぎがしつつ宿舎へ戻る。

「ねえ、なにかあったの?」

「お帰り、桜花、それがわからないんだよね」

 レクレーションルームにいた同期の犬上いぬがみ 美月みつきに尋ねてみても首をかしげている。

「先輩っ僕、噂仕入れてきてますよっ」

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