第43話:俺だよ!

 篠原たちに一体何が起きたのか。

 そしてどうして電話が切れた後も、警告音が聞こえてくるのか。

 すぐに把握するには無理があった。

 動揺していた。とても。パニックになると頭が真っ白になるってよく言われるけど、本当にそうなんだなと思った。

 

「あきなちゃん!」


 そんな俺を平常に戻したのは、皮肉にも徳丸だった。

 

「おじさん、急に用事が出来たから! 今日はもう帰るね!」


 部屋の向こうから聞こえてくる、徳丸の焦りまくった声。いまだ鳴り響いている警告音。ドタバタとなにやら慌ただしい物音もすると思えば、バタンと何か重いものが床に倒れ、ついで徳丸の「いたたたたっ!」と悲鳴まで。

 パニックになっている俺よりももっと酷い徳丸の慌てぶりのおかげで、次第に頭が動き始めてきた。


 どうやら俺たちは致命的なミスを犯したらしい。

 順平が調べたところによると、徳丸の別荘に警報装置は設置されていないってことだった。

 もし誰かを監禁していた場合、警報が発動してその確認へやって来た警備員が監禁の事実を見つけてしまうのを恐れているのだろうという順平の推測も納得できた。


 それがどうやら少し違っていたらしい。

 確かに普通の警報装置はなかったけれど、代わりに地下室の扉が正常に開錠されなかった時に稼働して、徳丸のスマホにも通知するトラップが密かに設置されていたのだろう。


 さらに通話の最後に聞こえてきた声から察するにふたりは今、地下室――正確には地下室に通じる階段への扉が閉じたと思われる――に閉じ込められているとみた。

 

 まずい、まずいぞ、これは。

 別荘に忍び込んだのがバレたどころか、閉じ込められるなんて最悪もいいところだ。

 監禁がバレたら困るだろうから、徳丸も警察には通報しないと思う。だからこそもっと危険な手に出てもおかしくない。

 ふたりもそのまま地下室に監禁するか、いや、そんな悠長なことはせず一思いに……。


「徳丸ッッッ!!!」


 脳内に繰り広げられる最悪の未来予想に、俺はたまらず浴室から飛び出した。

 ベッドに腰掛けて靴下を穿いていた徳丸がぎょっとした表情を浮かべたのは、知っているはずもない自分の名前を叫ばれたからか、それともこれまで懸命に女の子の声を演じていた俺が、いきなり地の声で叫んだからだろうか。


 どちらにしろ俺の破れかぶれな突撃は、徳丸の身体を一瞬硬直させるぐらいの効果はあったらしい。

 突然のことにろくな反応もできない徳丸に勢いよく飛び掛かった俺は、難なくベッドの上で馬乗りになって取り押さえることに成功した。

 

「い、一体何を……? それにさっきの声は……?」


 ぽかんとして徳丸が俺を見上げてくる。

 まだ状況が掴めてないのか、意外と間抜けなんだな。

 そんなことを思いながら、徳丸を拘束できそうなものがないかと辺りを見渡す。ロープか何かあればいいんだけど、あるいは徳丸のネクタイを利用して――。

 

「ぐはっ!」


 と、いきなり目の前で星が飛び散った。

 間抜けなのは徳丸だけじゃなく、俺もだった。ロープとかを探すのに気を取られ、肝心の徳丸の腕を抑えつける力が緩んでいた。


 結果、拘束を強引に振り切った徳丸の右拳が、下から俺の顎を強かに打ち付けてきた。


 そもそもロープでふん縛る前に徳丸意識を奪わないとダメだろ、って順平の声が聞こえたような気がした。

 お前と違ってこんなことには慣れてないんだよと言い返しておく。

 

「どういうつもりだ、こいつ!」


 顎を殴られ怯んだ俺の様子を見て、徳丸が勢いよく上半身を起き上がらせて頭突きをかましてきた。

 さっきよりもたくさんの星が衛星の如く俺の頭の周りを飛び、堪らずのけ反る。

 そこへ徳丸が上半身を起こし、俺を力強く押し倒してきて、あっさり状況を逆転させられてしまった。

 

「一体なんなんだ君は!? 今日は中止だってさっき言っただろ!」


 これまでの優しい口調から一転、徳丸が怒りの感情を剥き出しに俺を見下ろしてくる。

 

「そんなに金が欲しかったのか!? だったらシャワーなんて浴びず、さっさと私に抱かれればよかったんだ! このノロマがっ!!」


 頬に二度、三度と鋭い痛みが走った。

 さっきの右拳と頭突きは、マウントポジションから逃れる為に必要だったのは分かる。でもこの平手打ちはどうなんだ。女の子に馬乗りになって平手打ちなんて、こいつ本当に最低だっ!

 

「なんだ、その目はッッッ!?」


 暴力を振るわれて怯えるはずの俺が、逆に下から睨みつけてきたのが気にくわなかったのだろう。徳丸は俺に顔を近づけると、さらに声を荒げて激昂した。

 

「金が欲しいんだろっ! だったら今すぐ私に謝れ! 土下座しろ!」

「金なんかいるかっ!」

「なっ!? さっきといい、なんだその男みたいな声はっ!」

「まだ分かんねぇのかよ! 俺は男だっ!」


 俺の言葉に一瞬、徳丸の圧が緩む。

 その隙を見逃さず、今度は俺の番とばかりに勢いよく下から頭突きをお見舞いした。

 情けない声をあげて体をエビのように反り返らせた徳丸の尻の下に無理矢理足をねじ込んで、マウントポジションから抜け出す。ついでに思い切り徳丸の胸を足の裏で蹴りつけてやる。

 徳丸が勢いよくベッドから転げ落ちて、サイドテーブルを派手に押し倒した。

 

「徳丸、よくも篠原を騙してくれやがったなッ!」


 ベッドの上で起き上がって叫ぶと同時に、ウィッグを脱ぎ捨てる。

 床からこちらを見上げる徳丸の目が大きく見開かれた。

 

 ようやく分かったか。そうだ、俺だよ。篠原の横にいたのに、お前が懸命に無視を決めつけていた俺だ!


 あの時は単なる勘違いかなと思っていたけれど、今だったら分かる。

 お前は俺が邪魔で仕方がなかったんだ。篠原を自分のものにする為に色々と策を講じたのに、突然横から割り込んできた俺が憎くて憎くてたまらなかったんだ。

 

 その証拠に徳丸は「また貴様かァァァァ!!!」と絶叫して睨みつけてきた。

 ああ、俺だよ!!!!

 俺が今回も篠原をお前から守るッ!!!!

 

 ベッドの上から徳丸めがけて飛び掛かる。

 手段は問わない。とにかくこいつを気絶させて、縛り上げて、絶対に別荘には行かせない。

 それだけを考えて徳丸に襲い掛かった。

 

 だから俺は気が付かなかった。

 徳丸がベッドから転げ落ちた際、一緒に押し倒されたサイドテーブルから重そうなガラスの灰皿も転げ落ちて、徳丸が後ろ手に隠し持っていたことを。


 そのことに気付いたのは飛び掛かる俺の頭に、徳丸がその灰皿で殴り掛かるまさにその瞬間で。

 あ、まずいと思った次には重い痛みと共に、俺は意識を手放していた。


 ☆ 次回予告 ☆


 意識を失った少年は、しばし過去の映像を見る。

 そこに現れたのは……


 次回、第44話『もし彼女の人生を変えられるのなら』

 アッキー、もうちょっとだったのにねぇ。

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