第42話:俺たちの作戦

 実はこの日の為にあらかじめ立ちんぼのお姉さんたちを通じて、徳丸へ俺の情報を流してもらっていた。


 曰く、家庭の事情でお金に困っている高校生がいる。

 曰く、なので初めてウリをしようと考えている。

 曰く、ちなみにこれまで経験はない。

 

 ついでに可愛く(?)着飾った俺の写真も、徳丸に見せてもらった。 


「いやー、写真で見た時も可愛い子だなと思ったけど、実物はもっと可愛いねぇ」


 おかげで徳丸が俺を買いたいと言っていると、お姉さんたちから連絡を受けたのが2日前。

 すかさず店長からふたりして今日の休暇をもぎ取り、再びお姉さんたちを通じて徳丸へOKの返事をしたのが昨日。

 かくして今、俺と徳丸はふたりしてラブホテルの一室に無事チェックインしている。

 

 仕方がないとはいえ、まさか人生初のラブホに男同士で行くとは思ってもいなかった。

 ヤるだけなのに無駄に広く、やたらと豪華な一室が物珍しくて、入室した時はつい見回してしまった。

 今はそんな自分の行動が妙に気恥ずかしくて、ベッドに腰掛けつつサイドテーブルに置かれたガラス製の重そうな灰皿を何故かじっと見つめていたりする。

 

「しかも可愛いだけじゃなくて、家族思いのいい子なんだねぇ、あきなちゃんは。聞いたよ、お父さんがリストラに会っちゃったんだって? 可哀相にねぇ」


 そう言って徳丸は俺の隣に腰を下ろすと、いきなり距離をぐっと詰めてきた。

 ここまで直接的な接触どころか、こちらのパーソナルエリアに徳丸は一切侵入してこなかったこともあって、思わず身体がびくりと震える。


「大丈夫、そんなに緊張しなくていいんだよぉ。リラックス、リラックス」

「あ……は、はい」

「いきなりでびっくりしたよねぇ、ごめんねぇ」


 そう言いつつ距離を離そうとしないのは何故なんだ、徳丸!? こっちは中年のおっさんに急接近されてマジ気持ち悪いんだが!?

 

「でも少しずつでいいから慣れてくれないと、おじさんショックを受けちゃうなぁ。ショックのあまりおじさんがあきなちゃんのことを嫌いになったら、あきなちゃん困るでしょ?」

 

 ああ、そういうことか。

 こいつ、口では優しいことを言っておきながら、イニシアティブは自分で握って俺を思い通りにしようとしているんだ。


「ほら、あきなちゃん、ここに十万円あるよ。おじさんにとっては大した金額じゃないけど、あきなちゃんにとってはそうじゃないよね? これをあきなちゃんにあげてもいいんだけど、その為にはどうしたらいいか、あきなちゃんなら分かるよね?」


 本当に最低だな。

 でもおかげでこいつなら本当に女の子の一人や二人ぐらい監禁していてもおかしくないと確信が持てた。

 それになんだかんだでこの流れは思った通りだ。

 

「あ、あの! ご、ごめんなさい、ちょっとシャワーを浴びていいですかっ!?」


 キスしようとしていたのだろうか、妙に顔を突き出してくる徳丸を横目にしながら、俺は初体験を前に緊張する少女の演技をする。

 美沙さんの調査によると、徳丸は役者希望の演劇かぶれだった。そんな徳丸に俺の素人演技が果たして通用するかどうかは気になったけれど、こいつ好みのウブな女の子としては自然な反応のはずだ。

 

「うん、いいよ」


 よし! 心の中で思わずガッツポーズ。

 

「でもシャワーを浴びたら何も身に着けず裸で出てきてくれるかな? そうじゃなかったら今回の話はなかったことにするからね」


 もっとも徳丸もゲスい要求でプレッシャーをかけてくる。

 もしかしたら徳丸にしても、この展開は願ったり叶ったりなのかもしれない。

 でも残念。次に俺がシャワー室から出てくる時には、順平がお前の犯行の証拠を掴んでいるだろう。

 

 そそくさとシャワー室に入ると、早速スマホを取り出して順平たちに連絡を取る。

 メッセージアプリの機能を使った電話機能、すぐに順平が出た。

 

「どうだ、見つかったか!?」

「悪ィ、まだだ。全部の部屋を探したんだけど、それらしい形跡が見つからない」

「え!? じゃあ俺たちの勘違いってことか!?」

「そう決めつけるのはまだ早い。きっとどこかに隠し部屋があるはずだ」

「隠し部屋!? まさかそんな漫画みたいなことが本当に!?」

「ああ、間違いない。実際キッチンにあった冷蔵庫や貯蔵庫は空っぽだった。ってことはどこかに隠し部屋があって、そこに先日持ち込んだ食材が隠されているはずだ」


 順平から隠し部屋なんて言葉が出てきた時は俄かに信じられなくて不安になったけど、すぐにそう考える理由を説明されて少し冷静になれた。

 

「頼むから早く見つけてくれよ」

「任せろ。で、そっちの塩梅はどうだ?」


 と、電話口の向こうから「もうお尻は奪われちゃったー?」って篠原の声がかすかに聞こえてきた。


「アホか! そう簡単にヤられてたまるかっての!」


 そう答えると「えー!? 滅多にない経験なんだからヤられちゃえよー!」って返事が、今度は比較的はっきりと聞こえてきた。

 どうやらスピーカーモードに切り替えて、3人で会話出来るようにしたらしい。

 

 てか、あのなぁ篠原、お前は俺に掘られてほしいのか、ほしくないのかどっちなんだ!?

 

「とにかく俺は大丈夫だ。あと予想通り、徳丸の野郎、金をチラつかせて迫ってきたよ」

「さすが金持ち中年、考えが単純で助かるな」

「ただあの様子だとあまりここに籠っていると我慢できなくなって扉をぶち破ってきそうだ」

「あきなちゃん可愛いからねぇ」

「からかう暇があったらもっと真剣にやってくれ、篠原!」

「言われなくても探してるよ。パパの好きな映画にさ、本棚の本を押し込むと隠し部屋の扉が開く仕掛けがあってね。さっきからそりゃもう本を押し込みまくってる!」

「お前なぁ、こんな時に遊んでんじゃ」


 と、いきなり篠原の「きゃあああ!?」って叫び声が聞こえたかと思うと、ドタンバタンと何かが転げ落ちるような音が聞こえてきた。

 

「おい、どうした篠原!? 何があった!?」


 返事がない。代わりにまたドタバタと慌てた足音が聞こえてくる。

 もしかしたら実は警報器があって、駆けつけた警備員に取り押さえられたのかも。

 嫌な予感がたちまち頭の中に広がる。

 

「アッキー! 聞こえるか、アッキー!」

「順平! どうした、何があった!?」

「篠原さんがやったぞ! 地下室への階段を見つけた!」

「マジか!? で、篠原は!?」

「勢い余って階段を転げ落ちたらしい」


 おーい、大丈夫か!? と順平が呼びかける。

 しばらくして「大丈夫ー」と篠原の声をマイクが拾った。

 どうやら無事らしい。心配させんなよ、まったく。

 

「ふぅ、緩やかな階段だったのが幸いしたな。でも打ち身のひとつやふたつぐらいしたかも」

「順平、ちょっと篠原と代わってくれ」 

「分かった。地下だと電波が届かなそうだから、ちょっと待っててくれ」

 

 待つことしばし、階段を上ってきたのであろう篠原が「あいたたた」と開口一番電話に出た。


「大丈夫か?」

「んー、ちょっと腰が痛いけどなんとかね。それよりも見た!? 地下室への階段を見つけちゃったよ!」

「テレビ通話じゃないから見れてはいないけど、まぁ、よくやった」

「でしょー! 私も将来は探偵になろうかなぁ?」


 調子乗ってるなぁ、篠原らしいけど。

 

「で、地下室に誰か監禁されてそうか?」

「順平君が今、扉の鍵をイジってるよ。いよいよだね」

「……いいか、篠原。ここからはちゃんと順平の指示に従えよ?」

「失礼な。ここまでもちゃんと従ってるってば」

「だったらこれまで以上に、だ」

「……分かってるって」


 少し遅れて返した篠原の声は、それまでのふざけた調子とは真逆の、どこか張り詰めたものがあった。

 存外に篠原は分かっているのかもしれない。

 扉の向こうに広がっているであろう、地下室の凄惨な景色に。

 その景色の中に、かつて篠原のお母さんがいたという痕跡を見つけることの意味に。

 だからその衝動に耐える為、敢えてこれまではふざけたように見せていたのだろうか。

 

「あ、扉が開いたよ!」


 篠原の言葉が聞こえたのと、それはまったく同時だった。

 いきなりけたたましく鳴り響く警告音が、スマホの向こうから聞こえてきた。

 

「篠原、何があった!?」

「分かんない! 分かんないけど!」


 頭にがんがんと響くような警報に紛れて、篠原が階段を駆け下りる音が聞こえ……いや、急に電波が乱れて音が途切れ途切れになる。

 またしても嫌な予感が、さっきよりも激しくヤバいぞと訴えかけてくる中、順平の「篠原さ……戻れ!」「扉が!」「閉ま……」って声が聞こえ……。

 

「おい、篠原! 篠原!!」


 いくら呼びかけてもスマホからは何も聞こえなくなくなった。

 そしてようやくその時になって気がついた。


 部屋の外から、さっきスマホの向こう側で鳴り響いていたのと同じ警告音が聞こえてくることに。



 ☆ 次回予告 ☆


 少年たちの作戦は思いもかけない展開を見せた。

 少年にできることは、だたひとつ――。


 次回、第43話『俺だよ!』

 あきなちゃんに迫る徳丸の気持ち悪さと、作者を結び付けることはおやめください。泣いてしまいます。

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