第40話:常識知らずな子供たち

 探偵という仕事を俺はよく知らないけれど、美沙さんが報告に来た時は自分たちのアホさ具合に呆れるばかりで、順平たちを凄いなとは特別思わなかった。

 名刺から会社に電話して事実確認をしたり、徳丸の姿を盗み撮りしたり。やろうと思えば自分たちでも出来ることばかりだ。

 

「ちょっと気になって調べてみたんだよ」


 でもやっぱり探偵ってのは凄いもんだ。

 

「そうしたらやっぱりあったんだ、徳丸の会社の取引先に、篠原さんのお父さんが経営していた会社の名前が」


 最初はその意味が分からなかった。

 篠原のお父さんの会社は、信頼していた部下に会社のお金を持ち逃げされて、経営が困難になり倒産に追い込まれたと聞いている。

 そこに徳丸の会社と繋がりがあったとしても、別に関係ないんじゃないだろうか。

 それこそ持ち逃げした人が、今は徳丸の会社で働いているとかだったら、話は違ってくるだろうけれど。

 

「で、篠原のお父さんの会社で働いていた人を探しだして話を聞いてみた。なんでも多くの企業が同情して支払いの遅延を受け入れてくれたのに、一社だけ頑なに支払いを要求したところがあったらしい」

「もしかしてそれが徳丸の会社!?」

「ああ。だから俺が推理するに、これは篠原さんのお母さんが職場のスナックで口説かれた時が始まりじゃなくて、実はそのずっと前――」

「パパの会社を倒産に追い込んだ時から始まってるって言うの!? しかも目的は私!?」


 ただでさえ自分目的で母親を口説かれたことに多少なりともショックを受けていた篠原だったけれど、今度はその比じゃなかった。

 思えば篠原家の幸せな生活は、父親の会社の倒産から音を立てて崩れ落ちた。その黒幕が徳丸で、しかも目的は篠原自身だったのだ。彼女が身体を震わせるほどのショック――そしてそれを超える怒りに身を震わせるのも当然だろう。

  

「多分、持ち逃げした社員も徳丸がそそのかしたんだと思う。ただ、今の段階では俺の推理に過ぎなくてな。真実かどうか確認する手段も限られているから、美沙にもまだ話してない」

「確認する方法があるのかよ!?」

「もちろん。徳丸をちょっと拉致って拷問にかけたらイチコロさ」


 ええええ!? おい、ちょっと待て順平、それはさすがに!


「いいね。やっちゃおう!」

「篠原、いくら怒りモードだからって本気にするな! てか順平もノリで適当なこと言うなよ!」

「すまんすまん」


 順平が笑って謝るも「ただ、方法はなくはない」と続けた。

 

「どういうこと?」

「実はな、話を聞いた立ちんぼのひとりから、ちょっと気になることを耳に挟んだんだ」


 順平が聞いたというその話は、今からちょうど一年ほど前のことらしい。

 地方から家出してきた女子高生がこの街にやってきた。住むあてもなく、未成年の彼女が選べる仕事は圧倒的に少ない。自分の身体を売ることにしたのは自然な成り行きだった。


 その子を徳丸はとても気に入った。

 いつもならリピートなんて滅多にしないのに、その子に限っては毎晩のように買い求めては結構な大金をあげてたそうだ。

 

「まぁ、立ちんぼたちの間では変態おっさんもたまには役に立つじゃんなんてことになっていたらしいぜ」

「何が役に立つ、よ! 金持ちだったらお金だけ渡してあげたらいいじゃん!」

「篠原さん、そんなのはどこぞのヘタレ童貞だけだよ」

「うっせえよ、順平! てか、どうしてお前がそのことを知ってんだよ!?」

「おいおい、俺を誰だと思ってる? 天才探偵様だぞ? アッキーの様子を見てたら大体のことは想像がつくって。もっとも今はもう童貞じゃ」

「ちょ! 分かった、分かったから、それはもういいって。それよりさっきの話の続きをしてくれ」


 地方から家出したきた女の子と徳丸の、他人には話せない関係……それがどうして徳丸の野望を暴く方法に繋がるんだ?

 

「ああ、その家出娘なんだけどな、ある日突然姿を消したんだ」

「親に見つかって家に戻されたんじゃないの?」

「その可能性もある。だけど同時に徳丸もそれからしばらく現れなくなったとなったらどう思う?」

「んー、まさかその子をどこかで監禁していた、とか言い出すんじゃないよね? それはさすがに信じられないんだけど?」

「なんでだ? 怖がらせるつもりはないんだけど、篠原さんだってその可能性は高かったと思うぜ?」


 ……言われてみれば、その通りだった。

 まんまと篠原を手に入れた徳丸が、約束通り学校に通わせたとは思えない。それどころか一切外に出さず、どこかで秘密に監禁していた可能性は順平の言う通り高かったはずだ。

 

「まぁ、篠原さんが信じられないのも無理はないよ。俺だって最初は半信半疑だった。でも二日前にあいつは結構な量の食材を買うと家には向かわず、高速に乗って郊外へと出た。バイクで追いかけて着いた先はあいつの別荘だったよ」

「徳丸の奴、別荘なんて持ってるのかよ!?」

「なんせ実家が太いからな。んで、ふたり暮らしでも一週間は過ごせるはずの食料を持ち込みながら、あいつは次の日の朝に帰っていったよ」

「週末にそこでパーティでもやるんじゃないか? 金持ちならそういうこともあるだろ」

「徳丸にそんな人付き合いはないよ。それに持ち込んだ食材の中にはカップラーメンとかもあったんだぜ」

「じゃあ誰か別の人が住んでいるとか?」

「と思って徳丸が帰った後に残って調べてみたんだけどさ。誰も住んでいる様子はないんだよ。チャイムを押しても誰も出ないし、そもそも人が住んでいる気配が全くしないし」

「人の気配がないなら監禁もされてないんじゃないの?」

「篠原さん、監禁なんだから中に人の気配が感じられなくて当たり前なんだよ」


 そりゃそうだ。篠原、イマイチ監禁ってものがどういうものか分かってないんじゃないか?

 

「とにかく徳丸は監禁可能な施設を持っていて、もしかしたら今もそこで誰かを監禁しているかもしれない。となるとある可能性が実証出来るかもしんねぇわけだ」


 と、急に順平が声のトーンを落とした。


「なぁ篠原さん、辛いと思うけどよく思い出してくれないか。お亡くなりになった篠原さんのお母さんだけど……発見された時はとても痩せていたんだよな?」

「あ、うん、すごくガリガリで……でもママはビルからの飛び降り自殺だって警察の人が」

「だけど実は違うのかもしれない。篠原さんのお母さんはもしかしたら徳丸に長期間監禁されていて、食べ物もろくに与えられなかった挙句、ついには自殺に見せかけて突き落とされたのかも」

「そんな馬鹿な!」


 思わず篠原と一緒に叫んでしまった。

 だってそんな酷いこと、俺たちは考えもしていなかったから。

 痩せ干せた身体で自殺した篠原のお母さんは自らの境遇を嘆いて逃げ出し、そのうち食べるのにも困るほどになって絶望のうちに自ら死を選んだと思っていたから。

 

「繰り返しになるけれど、これもまた俺の推理に過ぎない。ただ、この推理が当たっているかどうか確認できるチャンスはある。徳丸の別荘に今も誰かが監禁されていたら、その子から同じく監禁されていたであろう篠原さんのお母さんのことを聞けるかもしれないし、あるいは何かお母さんがそこにいた証拠が残ってるかもしれない」

「忍び込むの!?」


 篠原が尋ねると順平は顔を強張らせながらも無理矢理に笑った。

 

「な、こんな話、常識人の大人たちには聞かせられないだろ? でも俺たちはまだ世間の常識を知らないガキだ。さぁ、どうする?」



 ☆ 次回予告 ☆


 あの通りに再び立つ。

 以前は誰かを買うために。

 そして今度はあいつに買われるために――


 次回、第41話『再会の道ばた』

 一部の読者の方々は待ちに待った展開かもしれませんぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る