第39話:思わぬ正体

「鉄尾さんも美沙も大人だからさ、実はああ見えて結構常識人なんだよ」


 一週間後に現れた順平は、しかし、調査の報告にやって来たのではなかった。

 なんでも徳丸の調査は結構難航していて、まだしばらくかかるらしい。

 そこで今日は篠原の気分転換のためにカラオケでもどうかと誘いに来たのだ。

 

 進展が捗々しくないのは残念だったけれど、気分転換のお誘いに篠原は素直に喜んだ。

 なんせ今の篠原は安全上、常に店長と行動を共にしなくちゃいけなくて、22時にバイトが終わった後も閉店までスタッフルームで待機する生活を送っていた。

 そこに俺とアッキーのふたりなら大丈夫でしょと順平が提案し、今日は居酒屋てっちゃんの営業が終わるまでカラオケ大会となったのだ。

 

 ああ、ここぞとばかりにハジけて歌いまくる篠原のテンションがヤバい……。


 そんな篠原初ワンマンライブが始まって一時間ぐらいたっただろうか。

 存分に歌いまくった篠原がマイクを置いて喉を潤したのを機に、順平が不意にそんな話をし始めた。

 

「美沙さんはともかく店長が常識人なわけないじゃん! なんせ部屋中エロいものだらけなんだよ?」

「でも初ちゃんには手を出してこないだろ?」

「…………」

「え? なんでそこで黙り込むんだ、篠原!? おい、まさか……」

「違うって! そうじゃなくて、そんなに頭の中は女の裸でいっぱいなくせして、私にはなんにもそれっぽい素振りを見せてこないのが腹立つんだよ!」

「……と言いながら、店長がそれらしいことしてきたらお前、遠慮しないだろ?」

「当たり前でしょ! 二度とそんなやましいこと出来ない身体にしてやるからね!」

「それが分かるから店長は何もしてこないんだろ」


 綺麗に纏まったと思ったのだけれど順平が苦笑いしながら「だから、ああ見えて常識人なんだってば」と繰り返すと「でも俺たちはまだガキだから無茶が出来るわけだ」なんてことを言ってくる。

 

「無茶? おい順平、お前何か企んでるのか?」

「んー、それはお前ら次第かな。ちょっとこれを見てくれないか?」

 

 スマホの画面をこちらへ向けてくる。

 なんだろうと覗き込んだ俺たちは、次の瞬間、ふたりして息を飲んだ。

 

 画面に映っていたのは、夜の通りに立ち並ぶ女の人たちを遠くから観察する、小太りで帽子を深々と被った中年男性。

 見かけたのはほんの二回だけど、状況が状況だっただけによく覚えている。

 

「これ、立ちんぼしてた時に私へ話しかけてきたおじさんだよ!」


 篠原が何故かマイク越しに驚いた声をあげる。うるさいからやめろ!

 

「ホントか、篠原さん?」

「間違いないよ、順平。俺もこいつを見たことがある。しかも二日連続で」


 そう、だからあの時はこのおじさんが警察なんじゃないかと勘繰って、慌てて篠原と逃げたんだ。

 結局この人が警察かどうかは分からなかったけれど、でもどうしてこいつの写真を順平が?

 順平は美沙さんと一緒に徳丸のことを調査しているはずなのに……。

 

「ちょっと待て。もしかして……」

「ああ、その通り。こいつは徳丸だ」


 そう言って順平は別の徳丸が映っている画像を用意すると、最大の特徴であるつるっぱげの頭を指で隠してみせる。

 たちまち立ちんぼしている篠原を狙っていたあの男に様変わりした。

 

「うそ!? こいつ、私を買えなかったから、ママの親戚ってウソをついて近づいてきたの!?」

「……いや篠原、これ、ひょっとしたらもっと複雑な話かもしんないぞ」

「どういうこと?」

「だって考えてみろ、こいつ、お前が立ちんぼをする前からお前のお母さんを口説いていたんだぞ?」

「それはママのことをって、まさか……うえええええ?」


 俺の言いたいことが分かったのだろう、篠原が心の底から気持ち悪そうな感情を声に漏らした。

 俺だって自分で言っていて、胸の奥から何ともいいがたいものがこみあげてくる。


 そりゃあ徳丸が篠原を騙して身元を引き受けようとした時から、それが目的だったんだろうなとは思っていた。

 だけどまさか最初からそれが目的で、篠原のお母さんを騙して夫婦になろうとしていたのなら……。

 ダメだ、気持ち悪すぎる。

 

「徳丸が立ちんぼの女の子を買ったのは、俺たちが調査して三日目の夜だ」


 愕然としていると、順平が俺たちの予想を裏付けるように口を開いた。

 

「それから今日までこいつは毎晩、その手の子たちが集まる通りに通っては、計三回も女の子を買っている。それもどれもまだ十代で経験の少なそうな子ばかり。立ちんぼの人たちに聞き取りしたら、徳丸はいつもそうらしい」

「……ちなみにこいつ結婚してるのか?」

「いや、独身だ。それどころかこれまで女と付き合った経験もなければ、いいところの坊ちゃんのくせしてお見合いをしたことすらない。そもそも女嫌いとして会社では有名だそうだ」

「え、女嫌いなのになんで立ちんぼの子を買うの?」

「女嫌いにも色々あるんだよ、篠原さん。例えば単純に女性全般が苦手な奴、女の子より男の方が好きな奴、そして大人の女性には興味が持てない奴。徳丸はこのみっつめのパターンだ」

「じゃあやっぱりママを口説いていたのって、ママを好きになったんじゃなくて――」


 篠原が何か苦いものを吐き出すように、その推測を口にする。

 

「いや、それが違うんだな」


 ところが意外なことに順平は否定した。

 

「この事件、もっと闇が深いぜ」

 

 そして続けて順平が話した内容は、俺たちの思いもよらぬものだった。



 ☆ 次回予告 ☆


 悪友は推理を披露する。

 ただし、それはまだ推測にすぎない。

 推測を真実に変える方法は、ただひとつ。


 次回、第40話『常識知らずな子供たち』

 さぁて面白くなってきやがった! まくるぞ!

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