第38話:ラッキー
順平が何のバイトをしているのかはずっと謎だった。
ただ、時々何日も学校に来なかったり、夜の繁華街でヤクザに追いかけられてるところを見たって噂が流れたりと、どうやら何かヤバいことに足を突っ込んでいそうだなとは思っていた。
それがまさかの探偵業だったとは。
順平はこれまでも妙に鋭いところがあったり、よく観察してるなぁって思うところはあったけれども、それでもバイトで探偵とはびっくりだ。
でも、やたらと顔が広く、俺たちにバイトどころか風俗店まで紹介出来るのはそういうことだったのかと納得できた。
あと、ついでに順平がなんで金にうるさいのかも判明した。
なんでも順平は将来も探偵業で食っていきたいらしくて、その開業資金を今から貯めているのが一点。
そしてもうひとつは、
「でも、本当にこんなお金でいいんですか?」
「いいのいいの! 他でもない初ちゃんが困ってるんだもん。こっちも友情価格でやらせてもらうわよー」
「でも順平が頭を抱えているんですけど?」
「ああ、あいつの癖なのよ。気にしないでー」
探偵事務所の所長である美沙さんがニッコニコする横で、順平が頭を抱えながら必死にスマホを弄っていた。
見ればスマホの電卓アプリを立ち上げて何か……いや、きっと今回の調査の必要経費を計算しているのだろう。
うんうん唸りながら、時折「事務所の家賃が……」とか「俺の給料が……」って呻き声が聞こえてくる。
「順平、うっさい!」
そこへ美沙さんの肘が順平の脳天に落ちて、順平はあっさり気を失った。
どうやら金にうるさい順平に対して、美沙さんはそのあたりかなり大らかな性格らしい。
順平も大変だなぁと悪友の知られざる苦労に、少しだけ同情した。
さて、それはそうと美沙さんが提示してくれた金額は、俺たちの財布事情にとても優しいものだった。
助かる。本当に助かる。でもこんな金額でちゃんとした調査なんて出来るんだろうか?
美沙さんや順平の性格から大丈夫だとは思うけれど、果たしてどれだけのことが分かるのかはちょっと心配だ。
「あ、でも依頼を受ける前にひとつだけ言っておくわね」
不意に美沙さんが今もなお落ち込んで俯く篠原の両肩をがしっと握り込んだ。
その行動に思わず篠原も顔を上げる。
「……美沙さん?」
「初ちゃん、私たち探偵はね、真実を見つけ出すのが仕事なの。だからその真実は時としてとても残酷な場合もある。それでも探偵は依頼主に自分たちの見つけた真実を話さなきゃいけない」
「…………」
「今回の件ももしかしたら初ちゃんの望む結果にはならないかもしれない。だけど現時点でこれだけは言える」
篠原が再び俯きそうになるのを、しかし美沙さんはじっと目を見つめて離さない。
「どんな結果が出ようとも、初ちゃんはとってもラッキーだわ!」
「……え?」
「だってそうでしょう? その香田さんってのが本当の親戚で、今回はたまたま本当に時間がなくて、実はちゃんと受け入れ態勢が整っているのならばそれはそれでよし。でも香田さんが偽物で、なにか変なことを企んで初ちゃんを騙そうとしていたのなら、それにギリギリのところで気付けたのだからとっても幸運じゃない!」
「……あ」
篠原が目を見開く。
「そう、初ちゃんは不幸なんじゃない。とってもいい子の初ちゃんが不幸になるわけなんてないんだよ。だってみんな、初ちゃんのことが大好きなんだから」
「……美沙、さん……」
「アッキー君やてっちゃん、スナックのママさん、それに私たち、そしてもちろん天国にいる初ちゃんのお父さんやお母さんも。みんなが初ちゃんのことを助けてあげたいと思ってる。だから初ちゃん、お願い」
美沙さんが篠原の頭を優しく自分の胸に抱えこむ。
「自分が不幸だなんて思わないで」
押し殺すも漏れ聞こえてくる篠原の泣き声が止まるまで、美沙さんは「大丈夫」って言葉を何度も何度も繰り返す。
その様子に俺も先ほどまで感じていた不安が、いつの間にか胸の中から消えていた。
そして捜査開始から三日後。
「結論から言うと香田久幸なんて人物は存在しないわ」
早くも結果報告に店へやってきた美沙さんは、開口一番にそう断言した。
「名刺の会社は本当にあるけど、問い合わせてみたら香田久幸なんて社員はいないって」
「いきなり黒確定じゃねぇか! ガバガバだな、香田久幸!」
「ガバガバなのはてっちゃんの方でしょ。こんなの初ちゃんを引き取るって話が来た時に、大人のてっちゃんが真っ先に調べてあげなきゃダメじゃない」
美沙さんが店長の頭をぺしっと叩くも、その隣で俺も反省しきりだった。
そうだよな、いくら親戚を名乗っていても信頼出来る人なのかどうかちゃんと調べるべきだった。
なのに香田さんの人の良さそうな笑顔にころっと騙されてその存在を疑うこともなく、ただ篠原が行くのか行かないのかだけに意識が向いてしまったのは致命的なミスだ。
「う、うるせぇ! ってか、そんなことなら一日で分かるじゃねぇか! なのに三日もかけて何してやがったんだ? お前こそ職務怠慢だぞ!」
「あのねぇ、確かに怪しいけれど、何か理由があってのことかもしれないでしょ。とりあえず次は名刺に書かれていた電話番号に電話をかけてみたのよ。昨日まで繋がらなかったけど」
「昨日まで? じゃあ今は?」
「今は『この番号は現在使われておりません』だって」
そう言いながら美沙さんがスマホを操作し始める。
どうやら画像アプリを立ち上げたらしい。
画面をスクロールさせて目的の画像をタップすると、スマホをこちらに見せてきた。
「香田さんだ!」
その画面を見て、思わず篠原とふたりして叫んだ。
恰幅のいい体型といい、高そうなスーツ姿といい、なによりツルツルの禿げ頭は見間違えようもない。
「この人は
「演劇……じゃあ泣いてるふりをするのもお手のものってことか」
「仲間からは『泣きの徳丸』って呼ばれるぐらい、その手の演技は得意だったようよ。ということで、この徳丸が初ちゃんのお母さんの旧姓・香田と偽って名乗り、何かしらの目的で近づいてきたと見て間違いないわ」
結論を伝えて美沙さんがちらりと篠原に視線を送る。
つられて俺と店長も篠原の様子を盗み見した。
予想通りとは言え、彼女にとってはせっかく舞い込んだ起死回生の話が完全に消滅した瞬間だ。多少なりとも落ち込んでも仕方がない。
と言うのに篠原は「ラッキー」と小さくガッツポーズを取ったのだった。
「こんなに早く調査してくれてありがとうございます、美沙さん」
「お安い御用よ」
「じゃあもうアパートに戻ってもいいですか?」
「ダメ。それはもうちょっと待って」
「えー、なんでですか?」
「この徳丸って奴がどんな人物なのかまだ分からないからね。おそらくは自分の正体がバレたのを察して無茶なことはしてこないと思うけど、万が一ってこともあるからここは慎重にしないと」
美沙さんの言うことはもっともだった。
にもかかわらず篠原はどうにも不満げに眉をしかめてみせる。
「なんでアパートに戻りたいんだよ?」
篠原の反応に、素直な疑問をぶつける。
だって今の篠原があのアパートに戻るメリットなんて、正直何もないように思う。
エアコンなんてなくてボロ扇風機があるだけだからとにかく暑いし、おまけにあの日の夜は窓を開けてやっちゃったもんだから、ほとんどの住人に俺たちのことが知れ渡っている。
そんな状況で戻るなんて針の筵なのにどうして……。
「だって店長の部屋、酷いんだよ! エロ本とエロDVDしかないの!」
「……はい?」
「あんなのエロショップで生活するようなもんだよ!」
「うっせぇ! せっかく泊めてやってんのに贅沢言うな!」
「女の子を泊めるんだったらせめて床に散らばってるエロ本をなんとかしてよっ!」
……あー、それは確かに大変デスネ。
「ごめんねぇ、初ちゃん。とりあえず今は徳丸のことを順平と一緒に調べ上げてるからもうしばらくだけ待って」
俺の何とかできませんかって視線に気づいた美沙さんが、両手を合わせながら篠原に頭を下げる。
そして美沙さんの言う「しばらく」がどれだけ続くのかと篠原が指を折りながら数える生活を送ること一週間、店に何故か順平がひとりでやってきたのだった。
☆ 次回予告 ☆
悪友はちょっとした気晴らしに少年たちをカラオケに誘った。
でも、本当のお誘いは別にある……。
次回、第39話『思わぬ正体』
悪友、動く!
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