第37話:探偵参上

「なんだそりゃ? また訳の分からんことになってきやがったな」


 俺たちの話を聞いた店長はそう言って、思い切りしかめっ面をした。

 ママさんが帰った後、俺たちはいつもより早めに居酒屋てっちゃんへとやって来ていた。

 そこでランチの仕込みをしていた店長を捕まえて、一連の話を報告しつつ、とあるお願いをすることにしたのだ。

 

「つまりその香田って奴は、実は徳丸って名前のおっさんで。初のおっかさんを口説いていたけど死んじまったから、今度は代わりに初を狙っているってことか?」

「その可能性が高いと思ってます」

「でもおめぇ、幾ら親子で似ていると言っても、アラフォーのいい女からまだ青臭いケツした十代のガキに乗り換えたりするかねぇ?」


 言いながら店長が両手の拳を握って、顔の前で身構える。

 馬鹿にされた篠原が実力行使で訴えてくるのに備えたらしい。


 でも篠原はしゅんとしたまま、身動きひとつしなかった。

 

「そこはさすがに分からないですけど、でも、わざわざ偽名まで使って篠原に近づいてきた理由なんて、それぐらいしか考えられなくて」

「まぁ、そうだよなぁ。攫って家に身代金を要求するにしても、おっかさんの家とは縁が切れてるからそれも無ぇし、初もまぁなんだ、おっぱいは立派なもんだしな、うん」


 おい店長、それで褒めて慰めているつもりか? さっきよりもひどいセクハラなんだけど。

 

「で、いつまたその香田って奴が家にやって来るか分かんないから、初を俺のところで匿ってくれってか?」

「はい、お願い出来ますか?」

「別に俺んちじゃなくても童貞の家でもいいんじゃねぇか?」

「多分ですけど、俺の家も知っていると思うんですよ。香田さん、いや、徳丸とは以前に会ったことがあるので、多分もう調べているんじゃないかな、と」

「それを言ったら俺んちもダメだろ。初がバイト先している店長なんだし、そこまでする奴なら当然調べてるだろ」

「でも俺の家だと、俺が学校に行っている時に狙われる可能性もあるじゃないですか。両親も仕事があるし。その点、店長の家なら仕事に行くのも帰ってくるのも一緒だから、篠原がひとりになる時間がないかな、って」


 法律的に篠原は深夜まで働くことは出来ないけれど、店長が帰るまでスタッフルームで待機することは可能だ。

 そうすれば篠原はいつも店長と一緒にいることになるし、店長の外見からも徳丸はそう簡単に手を出すことが出来ないと思う。

 本音を言えば篠原を守るのは俺の仕事だとは思うけれど、安全性を考えたらここは店長を頼るのが正解だろう。


「なので店長、お願いします。篠原を助けてやってください」

「ったく、仕方ねぇなぁ。おい、初、今日から俺んちに泊めてやるから安心しろ」

「…………」


 篠原は無言で俯いたまま、コクリと小さく頷いた。

 

「それからその香田って奴から連絡先とか貰ってねぇのか?」

「店長、香田じゃなくて徳丸ですよ」

「そりゃあ状況からしてそうだろうが、まだはっきり決まったわけじゃねぇだろ。だったらちゃんと調べておいた方がいい」


 篠原がぴくりと動いた。

 まだ彼女の中で香田さんを信じる心があるのかもしれない。ごそごそと着替えとかが入った鞄を漁り、出てきたポーチの中から一枚の名刺を取り出した。

 

「おう、上等上等。後は徳丸って野郎の方だが、そっちはスナックの常連だったって言うからそっちから手に入るだろ」

「まぁ、言えばママさんが渡してくれると思いますけど、店長、自分で調べるつもりですか?」

「馬鹿野郎、俺を誰だと思ってやがる? 天才料理人の小坂鉄尾様だぞ。毎日どれだけ客を見てきたと思ってるんだ?」

「なるほど! ただ料理を提供するだけじゃなく日々人間観察を――」

「うちの客に探偵業をしている奴がいてな。そいつに頼もう」


 なんだよ、感心して損した!

 

「……まぁ、そんなとこだろうなとは思ってましたよ」

「おい、なんで呆れた感じになってやがる? 俺は料理人だぞ。探偵なんてできるわけがねぇだろ!」

「ソーデスネ」

「ちっ、おい童貞、だったらてめぇに探偵の当てなんかあるのかよ?」

「それは……ないですけど」

「だろうが! だったら俺様にちっとは感謝しろ!」

「で、でも、探偵なんて雇う金なんて……」

「ばーか。だからてめぇは童貞なんだ!」


 ……実はもう童貞じゃないけどな! 言わないけど。

 

「そこんとこもちゃんと考えてんだよ、こっちは。大丈夫、きっとそんな無茶な金は要求してこないはずだ」

「……なんでそんなこと言えるんです?」

「まぁ、見てろって」


 そう言って店長がスマホを操作して、その知り合いの探偵とやらと連絡を取る。

 そしてランチも終盤になってやって来たのが……。

 

「よぉ、親友! 助けにきてやったぞ!」

「初ちゃん、大変だったねー! 後は私たちに任せてよ!」


 なんと順平と美沙さんだった。


「え、順平? お前、探偵なんかやってたの?」

「バイトだけどな。まぁでも名探偵・神楽坂順平とは他でもない俺のことさ」


 気取って席に座る順平が、両肘をテーブルに、顎を両手に置いて告げる。

 

「さてお客さん、早速料金の話をしようか」


 おい店長、どこが無茶な要求はしない、だよ!?

 俺が知る中で一番金にうるさい奴が来ちゃったぞ!



 ☆ 次回予告 ☆


 探偵は語る。

 探り当てた真実は決して望むものじゃないかもしれない、と。

 だけど現時点で言えることがひとつだけあった。


 次回、第38話『ラッキー』

 真実はいつもひとつ!

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