第33話:やっちゃった
篠原とお金の絡まない関係になったら告白する。
そう目論んでいたのに、まんまと篠原に先を越されてしまった。
どうやら篠原も同じことを考えていたらしい。
「まったく、日頃から俺のことを乙女思考だって馬鹿にしておきながら、お前だってちゃっかり乙女じゃねぇか」
お金が絡んでいる以上、告白してOKを貰っても、本当に篠原が俺のことを好きでいてくれるのか自信が持てない。
俺がそう考えていたように、篠原もいくら本心から「好き」と言っても、俺が信じてくれるか不安だったのだろうか。
そんなわけないのにな、と今となっては笑えてしまうほど馬鹿らしい逡巡。
まぁ恋愛の醍醐味ってのを満喫したんだろう、俺たちは。
「私は女の子なんだから乙女でいいんだよ」
「あれ、起きてたのか?」
「誰かさんがじろじろ見てくるからね。目が覚めたの」
窓から差し込んでくる朝日を受けて、篠原がせんべい布団に寝ころんだまま両手を頭の上に組んで大きく伸びをした。
弓のように反り返る上半身。
つんと突き出される剥き出しの巨大なそれに、どうしても目が行ってしまう。
「ほら、そんなやらしー目でジロジロ見られたら、身の危険を感じて起きちゃったよ」
「いやいや、今のはお前が背伸びなんかするからつい見ちゃっただけで。さっきまでは見てなかったから!」
「だったら何を見てたの?」
「顔だよ、顔! 篠原の顔!」
「初ちゃんの寝顔、可愛いかったでしょ?」
「いや、いつもと同じのアホ面だった」
「なにをー!」
篠原ががばっと上半身を起き上げると、すかさず俺の腹に馬乗りしてくる。
むにゅっとした尻の肉感、じめっと湿った汗の感触、お互いの肌と肌とが直接触れ合うことで香り立つ匂いに、つい身体の一部が反応してしまう……。
「ほら、見ろ! アホ面だったわけないね!」
「アホか! それはお前がいきなり馬乗りしてきたから!」
「ホントにしょうがないなぁ、アッキーは」
呆れたように、それでいてどこか楽しそうな顔をしながら、篠原が俺に乗ったまま上半身を寄りかけてくる。
篠原のそれが俺の胸に押し付けられてますます本能が擽られる中、篠原が口を合わせてきた。
お互いがお互いを求め合うように貪るキス。
たった一晩、互いの気持ちを確かめて共にしただけで、こんなふうになっちゃうんだなと自分でも驚く。
「……やっちゃったね」
「ああ、やっちゃったな」
こういうのはおめぇ勢いよ勢いって店長が言っていたけれど、本当に勢いでやってしまった感は正直ある。
実際、冷静に考えたらあそこは一度街まで戻ってラブホに行けばよかったのに、つい一番近い篠原のアパートに向かってしまった。
こんなボロアパートでえっちなんかしたら住人達にまる聞こえで、明日から篠原が大変じゃないか。そんな考えにも及ばないほど、俺たちはもう我慢できなかった。部屋に入るやいなや、どっちの方が早かったのか分からないぐらい同時に相手の身体を抱き寄せ、床に落ちる。
灯りは付けなかった。
ただ初夏とお互いの発する熱に、たまらず途中で篠原が扇風機のスイッチを押したのだけは覚えている。
「……前にクラスの連中が言ってたんだよな」
昨日までは考えられない距離にいる篠原の顔を見ながら、寝癖のついた髪を右手で梳くってやる。
むふぅと目を細める篠原。最高に可愛らしい俺の彼女。
「一度体験したら自信がついて、世界がそれまでとは変わって見えるようになるって」
「へぇ、アッキーはどうなの? 自信ついちゃった?」
「いいや、全然」
「そうなの?」
「ああ、なんと言うか、えっちしたからといって俺の力で篠原をまた高校に行かせてやれるわけもないし、しばらく離れなきゃいけないって現状を変えられるわけでもないってことを痛感するというか……っておい、話聞いてるか、お前?」
てか、使用済みのコンドームを持ち上げて、中をマジマジ観察するのやめて。なんだかとても恥ずかしい。
「だって、こんな朝にそんな堅苦しい話するんだもん。アッキー、乙女思考のくせに全然分かってないなぁ」
「分かってないって何が?」
「こういう時はもっとロマンチックな話をするもんだよ、普通」
「ロマンチックって?」
「さぁ? 『初、気持ちよかったよ』とか?」
「えー?」
「えーって何よ? もしかして良くなかったとか言うんじゃないでしょうね? あんなにやったくせに!」
「いや、だってそれはお前が」
「ええい、だからそういうことは言わない! 気持ち良かったの? 良くなかったの? はっきり言って!」
そんなの決まってるだろ。
「気持ち良かったを通り越して、今はただ幸せだなって思ってるよ」
周りに先を越されて、俺も早く童貞を捨てなきゃと焦った数か月前。
立ちんぼのいる通りへ向かっている時は、こんな気持ちになれるとは思ってもいなかった。
まぁ、なんだかんだ理由を付けて篠原とえっちするのを自制していたくせに、最後はこんな勢い任せでやってしまうなんてちょっと情けなくはあるけれど、でも、うん……。
俺は今、とても幸せだと思う。
「……そっか」
そんな俺の返事に一瞬呆気に取られた篠原だけど、すぐに破顔して顔をさらに近づけてくる。
「私も。私もアッキーが初めての人で幸せだよ」
そしてそのまま唇を再び重ねようと――。
「ん、ちょっと待て。篠原も初めてだったの!?」
「そだよ」
「え、でもお前、立ちんぼしてたんじゃ?」
「その初日にアッキーがやってきて私を買ったんじゃん。私、処女好きなスケベオヤジに高く売りつけてやろうと思ってたのにさー」
……マジか。いや、嬉しいんだけどさ、でもこれまでに何度か童貞って馬鹿にされたことがあっただけになんだか素直に喜べない。
なんだよ、篠原だって初めてだったのかよ。どおりで最初は篠原も苦しそうだったわけだ。
「でもアッキーならいいかって思ったんだよね、あの日」
「え? それってもしかして」
篠原も中学の頃から密かに俺のことを?
「だってアッキーっていかにもノーマルっぽいじゃん。『腋を舐めさせて』とか変態プレイは言ってこなそうって……ってあれどうしたの?」
「……いや、なんでもない」
「それに何と言っても五万円だしね!」
おい、傷に塩を塗り込むなよ!
「なのに何にもせずに帰るんだもん。なんてヘタレかと最初は呆れて」
「えっと篠原さん、そろそろもう勘弁して」
「でもさ、普通に考えたらあんなこと出来ないよ。だって五万円だよ? 大人はどうかしんないけど、私たちにとって五万円って大金じゃん。そりゃあ」
惚れちゃうよねと言って、篠原が強引に俺の唇を奪ってきた。
さっきよりも長く、さらにお互いの気持ちを高めあうような情熱的なものだった。
「……またやっちゃう?」
「でも時間がないだろ?」
実は今日、香田さんが部屋にやってくることになっている。
関西から仕事でやってきている香田さんが、今日戻るらしいのだ。
だから出来れば今日までに返事を聞かせて欲しいと言われていたことを、昨夜篠原から聞かされていた。
「大丈夫だよ」
篠原が俺に馬乗りしたまま、身体をのけぞらしてコンドームの箱に手を伸ばす。
何と言うか、やっぱり迫力あるなぁと思いながら眺めていると、ふとそれに気が付いた。
太陽の光が差し込む窓が、網戸こそあるものの、いつの間にか全開になっている……。
え? いつからそうなってたんだろう?
少なくとも昨夜は開けた記憶がない。
じゃあ俺が寝ている間に篠原が開けたのだろうか? でもそんな気配はまったく……。
「あっ!」
といきなり篠原が大きな声をあげた。
なんだろうと思って見ると、篠原がのけぞった姿勢のまま固まっている。
そしてその視線の先、玄関の脇にある台所の窓が少しだけ開いていて。
その隙間から見覚えのある顔がこちらを覗き込んでいた!
☆ 次回予告 ☆
少女は頭を抱え、少年はパンツを裏表逆に穿く。
つまりふたりは慌てていた。
次回、第34話『俺たちの失敗』
覗き込んでいた人物は一体誰なのか、是非ともみなさんの推理をコメント欄で。
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