第32話:言いたいこと

 篠原がなかなか香田さんに返事をしなかった理由は、自惚れかもしれないけれど、多分俺が「行け」とも「行くな」とも言わなかったからだと思う。

 だからここ最近の篠原は、仕事終わりに俺を遊びに誘っていたのだろう。今日だって公園でアイスを食べながら、どう切り出そうか、あるいは俺が言ってくれないだろうかとずっと考えていたんじゃないだろうか。

 

「んー、本当に行っちゃっていいの?」


 でも、ようやく俺からの言葉を引き出せたというのに、篠原ときたらいつもと何ら変わらない様子で、ハーゲンダッツを頬張りながら聞き返してきた。

 その「いつもと同じ」を自分でも求めていたのに、篠原のあまりにもあっけらかんとした反応にはちょっと戸惑ってしまう。


 えぇ、これで運命だなんだかんだって説明するの? 恥ずかしいな、おい。

 

 それでも俺は篠原に全て話した。

 俺たちは中学よりももっと前、ずっと子供の頃に一度会っていたこと。

 本来ならその一度きりで終わるはずだったのに、篠原が引っ越したことでまた中学で再会できたこと。

 中学を卒業して別々の高校に進学し、本当ならまたこうして一緒の日々を過ごすことなんてなかったはずのこと。


 そしてこれまでの全てが奇跡の連続で、それが運命なんだとしたら、きっと別れてもまた俺たちはいつか再び巡り合うだろうってことを――。


「なるほど、運命かぁ……って、顔を両手で覆って何してんの?」

「いや、話していてやっぱり恥ずかしさがこみあげてきてだな」

「だったら話さなきゃいいのに」


 いや、ホントそうだよ。適当に「ようやく掴んだチャンスじゃねぇか。香田さんのところへ行って来いよ」とか言っておけば良かったのに、なんでこんな話をしちゃったんだよ、俺は。


「それでアッキーの見立てだと、私たちは次いつ頃再会出来るの?」

「え? そんなの」


 分かるわけないだろと言う前に篠原がいきなり「東大!」と声高々に言った。

 

「あ、でも香田さんの家って関西だから、だったら京大かなぁ?」

「ええと、篠原、なんだよさっきから東大とか京大とか」

「だから私が行く大学だよ」


 行きたいでも行くつもりでもなく断定かよ。

 またさらっと言ってきやがったな、こいつ。

 

「大学で再会するのなら、アッキーも京大に来てね」

「お? お、おう……」

「あれ? もしかして大学じゃなくて社会に出てから再会するつもりだった? だったら私、将来は海外で――」

「ストップ! 篠原、お前本気で言ってんのか、それ?」


 京大進学やら外国で働くやら、今までこいつの口からそんな将来の話を聞いたことがない。

 せいぜい大検を取って大学に行きたい、ぐらいなもんだ。

 まぁ篠原のことだから、いざ本気で狙うとなったらとことん頑張って、おそらくは本当に実現してしまうことだろう。

 

 ただ、さっきからこいつの話の裏には別の意図があるような気がしてならない。

 例えばそう、無理難題を言って親を困らせる子供のような……。

 

「ふっふっふ、そうだねぇ、半分本気ってとこかな」


 もっとも篠原は泣き叫んで駄々をこねるのではなくて、代わりに不敵な笑みを浮かべるんだけどな。

 

「さっきのアッキーの話を聞いていて思ったんだ。確かにこれまでの私たちの出会いは、色々と運に恵まれていたなぁって。だからそれを運命だって言っちゃうアッキーの気持ちも分かるよ。相変わらず乙女思考だなぁとは思うけど」

「乙女思考で悪かったな」

「でもね私、こうも思うんだ。運命さん、今までよく頑張ってくれました。だけどここからは私たちが自分の力でなんとかしますので、後は任せてください、って」


 ……改めて思う、そうだった、篠原ってこういう奴だったって。

 他力本願で祈る前に、自分の力で引き寄せることができるのなら全力で引っ張る。ましてや受け入れがたい現状に、地面へ寝っ転がり手足をばたばたさせるなんてこと、篠原がするわけもなかった。

 

「ってことでアッキー、次会う時は運命なんかじゃなく、私たちの力で巡り合えるようにしようよ」

「おう、そうだな。頑張るよ」

「うん、頑張れ。まぁ、私が高校に入りなおすとして一年生からかそれとも二年生の最初からか分からないけれど、とにかく私と一緒の大学に行くのにアッキーには1~2年の浪人期間があるからさ。だったらなんとかなるでしょ」

「ふざけてろ。あっさり現役合格して俺のことを先輩って呼ばせてやるよ」


 俺の精一杯の強がりに、篠原が破顔してハーゲンダッツの最後の一口を頬張った。

 そして全て食べ切って、中身が無くなったカップにスプーンを入れて蓋を閉じた篠原は、おもむろにブランコから立ち上がると両手をうんと上へ突き出して背伸びをする。

 ひとまず話は終わった。俺も残りのアイスを片付けようとスプーンを突き立てる。

 

 なんと言うか、ホッとしていた。

 ようやく篠原の背中を押す言葉を送れたし、それどころか未来に向けての約束もできて満足していた。


「じゃあアッキー、私たちの雇用関係もこれで終わりだね」


 だからチョコアイスの甘くて少しだけ苦い味が口いっぱいに広がる中、篠原が見下ろしながらそんなことを言ってくると、俺はそうだなと答える代わりにスプーンを口にしたまま「ん」と頷いたまま、大切なことを思い出せないままこの二ヶ月に思いを馳せる。


 最初は篠原のバイトが見つからなくて困ったけれど、店長が雇ってくれた。

 おかげで篠原は生活の基礎を固めることが出来たし、料理も覚えたんだよな。結構美味くてびっくりした。中学生の頃は、調理になると周りからハブられるぐらい下手だったくせに。

 

 バスケは相変わらず上手かったよな。

 居酒屋で働いている時も楽しそうだけど、それとはまた違う種類の楽しさを存分に満喫しているようだった。

 高校に入りなおしたら今度はもうお金の心配もいらないんだから、篠原にはまたバスケをやってほしい。そこでお父さんが亡くなってから苦しかった分を、全力で取り返して欲しいなと願う。

 

 篠原のお母さんが自殺していたのはショックだった。

 篠原にとってお母さんの復帰は、大きな希望だったはずだから。

 それでも俺に心配させないようにと気丈に振舞う篠原はとても強くて……そして本当は弱い普通の女の子でもあることを知った。

 

 って、そうだ、あの時「俺はずっと篠原の傍にいる」って約束しちゃったんだけど、この流れではその約束を早々に破ることになるんじゃないだろうか?


 よし、こうなったら俺も香田さんに頼んで、一緒に養ってもらうしかっ!

 

「私さ、この関係が終わったらアッキーに言いたいことがあったんだよね」


 そんなアホな結論に達したからだろうか。

 篠原のそんなふうに切り出しても俺は「なんだろ、これまでのお礼とかかな」なんてことを考えて、すっかり出し抜かれたことに気付かなかった。

 

「アッキー、好きだよ」


 あ、やられた。

 そう思いつつチョコ味の沁みついたスプーンを咥え、きっとアホみたいな表情を浮かべる俺の顔を、篠原が覗き込みながら訊いてくる。

 

「そしてこれは私の勘なんだけど、アッキーも私のこと好きなんじゃないかな?」



 ☆ 次回予告 ☆


 次回、第33話『やっちゃった』

 察して。

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