第25話:楽しかった一日の夜に……
昼間に思い切り身体を動かして遊んだ俺たちが、陽が暮れて向かった先は焼肉屋だった。
二時間の食べ放題。しかも美沙さんの奢り。
さらに美沙さんは順平の反対を押し切って、飲み放題まで付けた。
その結果。
「うわぁぁぁぁん、初ちゃぁぁぁぁん」
焼肉屋から出たところで、すっかり酔っ払った美沙さんは、篠原に泣きながら抱きついたのだった。
「びぇぇぇぇぇ、美沙さんぁぁぁぁぁぁぁん」
ついでに篠原も泣いていた。
なんでだ!? お前、お酒飲んでないだろう!?
とにかく二時間ひたすら肉を焼いた煙が染み込んだ身体で、お互いに涙どころか鼻水まで垂れ流す強烈なハグ。
あまり関わり合いたくない。できれば他人の振りをしたい。
でもお店の前でいつまでもこうされても迷惑だろうから、順平と協力してなんとかふたりをひっぺり返した。
「また遊ぼうねぇぇぇぇぇ! 約束ッ、約束だよぉぉぉ!」
「絶対ですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
順平に引っ張られて駅へと向かう美沙さんに、篠原が絶叫して答える。
たった一日遊んだだけで、まるで卒業式のお別れのようなこの有様。篠原らしいと言えば篠原らしいけど、こちらとしては通り過ぎて行く人がみんな見ていくので恥ずかしいから、勘弁してもらいたかった。
「じゃあ俺たちも帰るとするか」
「ううっ、ドライすぎるよ、アッキー。順平君との別れが悲しくないの?」
「悲しいも何も週明けには学校でまた会うしなぁ」
と言うか、肉を食べながら聞いたところによると、美沙さんも俺たちがバイトしてる街で働いているらしい。
そのうち居酒屋てっちゃんへ、ひょっこり顔を出してくる可能性大だった。
店の自転車置き場に停めておいたお互いの自転車に跨る。
周りをしっかり確認してからゆっくりと発進。篠原が先行したので、その後に黙って付き従う。
昼間の暑さがウソのように、風が涼しくて心地よかった。
そう言えば、こうして篠原が自転車を漕いでるのを、後ろから見るのは初めてだなってことに気付く。
以前に篠原のアパートまで行った時はニケツで俺が漕いだし、最近の篠原は交通費が出ることもあって電車通勤をしている。
もしかしたら中学の時に見たことがあるのかもしれないけれど、覚えていなかった。
篠原が自転車のペダルを漕ぐ。その後ろを付いて行く。
断っておくけど、サドルに押しつぶされた尻の形に性的な興奮を覚えたりはしない。何故なら俺はおっぱい星人であって、おしり星人ではないし、篠原もまたおっぱいぶるんぶるん星人であって、むちむちおしり星人ではないのだ。
「あ、篠原! お、俺が先に行くわ!」
「ん、なんで焦ってんの?」
にもかかわらず、どうにも落ち着かない気分になるのは、言うまでもなく俺の周りのお節介焼きのせいだった。
俺が篠原のことを、中学の頃から気になっていたのは認めよう。
少しやんちゃが過ぎるところはあるけれど、気さくで付き合いやすいし、顔もまぁ可愛いし、胸も大きい。卒業する前に告白しとけばよかったかなと後悔したことも、実はある。
それが最悪な形ながらも再会を果たし、それどころかヘンテコな契約まで交わして一緒にバイトしているんだから、今こそ告白の時だと周りが盛り上がるのも分からなくはない。
でもだからこそ、動けないってこともある。
自分で言うのもなんだけど、俺たちはこれまで上手くやって来たと思う。
当初はバイトも出来ず、自分の身体を売る選択肢しかなかった篠原が、今では居酒屋でのバイトと俺との契約でちゃんと生計を立てているんだ。
周りからしたら危機を脱したように見えるのも分かる。
だけど実際は違う。俺たちはまだ、ぱっくりと口を開けた穴の淵で、懸命に踏ん張っている真っ最中だ。気を抜けば足元が崩れ、再びどん底へと真っ逆さまに落ちていってもおかしくない。
例えば俺と篠原の間に何か気まずいことが起きて、篠原が居酒屋てっちゃんで働けなくなったら今までの苦労は全て水の泡……って、あれ、ちょっと待て。
もし仮に俺たちがそういう空気になっても、店を追い出されるのは俺の方なのでは?
バイトを始めたのは俺の方が先でも、今では篠原の方が戦力として圧倒的に上だ。店長としても残ってほしいのは、俺じゃなくて篠原だろう。
そして俺はと言えば、別にてっちゃんをクビになっても、他にバイトなんて幾らでもある。
その状況で篠原との契約が続けられるとは思えないけれど、それでもいざとなれば支援金を送るのは可能なわけで。
あれれ? もしかしてこれ、告白してフられても何の問題もないような……。
いやいやいや、待て待て。冷静になれ、俺。
フられても何の問題もないって、ンなわけあるか。俺自身の心のダメージがめっちゃでかいっちゅーねん。篠原の置かれた状況に入れ込むにもほどがあるやろってなんで関西弁?
「おーい、アッキー。なんか大丈夫? さっきからやたらフラフラしてるよ?」
そんなことを考えていたら、後ろから篠原に声をかけられた。
どうやら心の葛藤が、実際の身体の動きにも影響を与えていたらしい。
「い、いや、大丈夫大丈夫。問題ない」
「なんでまたどもってるの? てか、まさか美沙さんのお酒を隠れて飲んで、酔っ払ってる?」
「なんでやねん!」
「なんで関西弁?」
自分でも分からん!
んー、ダメだダメだ。しっかりしないと。
俺は篠原に告白なんかしない。
それは篠原と契約を結ぶ話を持ちかけた時、自分に言い聞かせていた。
だって嫌だから。
ふたりの間にお金が関わっている状態で告白なんかして、篠原の答えなんて聞きたくない。
篠原に告白するのなら、それはふたりの関係がフラットな状態に戻った時だ。
俺との奇妙な契約が切れた時、その時に出来れば今度こそごく普通な、ありきたりな男女の本来あるべき契約を結べたらいいなと思っている。
そういう意味でも今の俺がやっていることは、本当に俺のエゴなんだろう。
篠原のことを思っているようで、実際は自分のことしか考えていない。
うーん、我ながらちっぽけな男だ。だけど一寸の男にも五分の魂。せめて自分で決めたことは、最後まで貫き通す意地は持っていないとダメだよな。
それに。
「アッキー、今日は楽しかったよ」
「お、おう」
「またみんなで遊ぼうね」
今はこうして喜んでもらえるだけで十分。俺たちの関係がどうのこうのを考える必要なんて今はどこにもない。
「ホント、アッキーのくせに今日のプランは完璧だったよ」
……いや、やっぱりちょっとは考えるべきか。
「アッキーのくせに、ってなんだよ。アッキーのくせにって」
「だって女の子とデートなんてしたことがないアッキーのことだから、多分映画でも見に行くのかなって思ってたし」
「そ、そんなベタなこと、考えるわけないだろ!」
「って考えた結果、海を見に行くとかまた突拍子もないことを言い出すんじゃないかって心配してたんだ、私」
「…………」
エスパーかよ、こいつ。
「なので順平君に相談したのは大正解だよ、うんうん」
「全部お見通し……というか、ここまでくると順平から話を聞いたな、お前!」
「あ、バレた?」
篠原がケラケラ笑いながら、俺を追い越していく。
俺もペダルを漕ぐ足に力を入れた。
さっきまでのんびりと夜風を楽しむサイクリングだったのが、にわかにレースの展開を見せる。
とは言っても車の往来も多い普通の道だ。お互いに飛ばし過ぎず、十分に注意を払い、信号が赤ならちゃんと止まる。そして青になった途端、篠原が楽しそうに「きゃー」なんて騒ぎながら逃げていく。
こんなレース、他にないだろとか言いたくなるぐらい、馬鹿馬鹿しくて、楽しくて。
きっと今日という一日は、何年か経って振り返ってみた時に、何故だか妙に愛おしいものになるはずだと信じてやまなかった。
それなのに。
「篠原初さんですね。警察の者です」
篠原のアパートに着くと、待っていた二人組の男が警察手帳をこちらに見せながら俺たちに告げた。
「大変お気の毒ですが、お母様の
☆ 次回予告 ☆
いつかきっとママは帰ってくる。
そんな少女の希望は、最悪な形で幕を閉じた。
それでも少女はいつもと変わらないように、少年には見えた。
次回、第26話「彼女の部屋」
次回より第三章開始。お見逃しなく。
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