第22話:三中の空冗談

 俺の好みの女性像を知っている順平に、篠原を紹介してしまったのは不覚だった。

 篠原ほどではないにしろ、きっと明日からこのネタでイジってくることだろう。

 ただそれでも。

 

「いやー、楽しかったねー!」


 大満足の表情を浮かべながら、モッツアレラチーズましましのピザにかぶり付く篠原を見ていると、やっぱり順平たちと一緒に遊ぶのは正解だったなと思う。

 スポーツの醍醐味はやっぱり競争だ。

 それも一対一だとどうしても身体能力の差で一方的になりがちだけど、二対二ならその差はぐっと縮まって、勝負はどちらに転ぶか分からなくなる。

 

 つまり俺と篠原のコンビと、順平と美沙さんのコンビはなかなかの名勝負を繰り広げていた。

 もっとも順平は俺に華を持たせようと、分からないように手加減しているのかもしれないけれど。

 

「美沙さん、足すんごく速いんで驚いちゃった!」

「ふふん、こう見えて学生時代は陸上で鳴らしたからねー。そういう初ちゃんだって全身がバネみたい。バスケとかやってるの?」

「中学の時は女バスやってまして、何を隠そう三中のマイケル・ジョーダンとは私のことですよ。ね、アッキー?」


 おかげで対決を一時中断し、近くのファミレスで昼食を摂る俺たちは、午前中の好プレイの連続に話題が事欠かない。

 それにしても今の美沙さんの「?」って言い方、どうやら順平は、篠原が高校を中退していることを伝えていないようだ。


 きっと自分の境遇をあまり知られたくないだろうと、篠原を気遣ったのだろう。

 さすがは順平、気が利いている。


「…………」 

「ちょっとアッキー、なんでそこで黙るの!? それじゃあまるで私がウソついてみたいじゃん」

「え? ああ、ごめん。ちょっと別のこと考えてた。えっと、うん、女バスだった篠原は、確かにエアジョーダンって呼ばれてたらしいですよ」

「ほらー!」

「でもそれってプレイスタイルがどうのこうのじゃなくて、どんなに疲れていても冗談のひとつでも飛ばしてみせる空元気ぶりから、エアジョーダン空冗談って呼ばれるようになったって聞いたけど?」


 そう言ったら、順平たちはどっと沸いた。

 おまけに篠原がぷくっと頬を膨らませて反論するものだから、ますますふたりは大笑いだった。

 

「ううっ、ホントにジョーダンみたいなプレイするのにー」

「冗談みたいなプレイ?」

「違うッ! ちょっとアッキー、こうなったのもアッキーのせいなんだからちゃんとフォローしてよ」

「お、おう……」


 と言われても篠原はバスケ部で体育館、俺はサッカー部でグラウンドだったから、日頃からお互いのプレイを見る機会なんてほとんどなかった。

 しかもそんな三中のジョーダン率いる女バスは強豪というわけでもなかったから、試合の応援とかも行ったことがない。

 

「悪いけどマイケル・ジョーダンって名前しか知らないんで、篠原とプレイスタイルが被っているかどうかは分からないんだけど」


 ただそれでもバスケをしている篠原の姿で、強烈に覚えていることがある。

 

「中三の球技大会で見せたあのプレイ。あれは確かに凄かったな」


 俺が参加していた男子バレーボールが早々に敗退し、大会の残り時間を教室でダベっていたら、篠原の出ている女バスが決勝に進んだって話が飛び込んできた。

 へぇと思いながらそれでも話が丁度盛り上がっていたところだったので、体育館へ応援に行ったのは、本当に試合が終わる直前のことだ。

 決勝らしく白熱のシーソーゲームとなった試合は、残り十数秒ながらゴールを決めたら逆転出来るという得点差。

 ただ一日の間に何試合も消化したみんなはもうクタクタだった。

 

 その中にあってひとりだけ気を吐き、ゴールへと迫る篠原。

 パスを受け、相手を抜こうとフェイントを入れる。

 対して相手も最後の力を振り絞り、懸命のディフェンスで対抗。この1プレイに優勝が懸かっているんだから相手も必死だ。

 そうこうしているうちに時間は過ぎ去り、篠原のもとにもうひとりディフェンスがついた。

 シュートも打てない、パスも出来ない、もう駄目だと誰もが諦めたその時。

 

 篠原は思い切り後ろに倒れこむような勢いでジャンプすると、必死に伸ばす相手の手をかすかに超えてボールをゴールに向けて放った。

 

「おおっ、フェイダウェイシュート!」

「それで決まったの?」


 話に食いついたふたりに答えたのは、さっきから鼻高々な篠原だ。

 

「フェイダウェイはジョーダンの得意技だよ? そして三中のジョーダンこと私の得意技でもあるのですよ」

「おおー!」

「やるなぁ、篠原さん」

「いやぁふたりにも見せたかったね、あの時の盛り上がりを。両手を上げながらコートに仰向けになった私のところに、みんなが乗りかかってきてさー」

 

 自慢げに当時の様子を語る篠原。

 なので無理な体勢でシュートを打ったものだから踏ん張りが効かず、無様にコートへ尻餅をついたことは敢えて言わないことにした。

 いや、ホント、感動的な逆転優勝が決まって歓声が起きるはずなのに、こいつの「おけつ! おけつがー!」って絶叫のせいで爆笑に変わったからな。

 おかげで今でも忘れられないんだよなぁ。


 

 ☆ 次回予告 ☆


 少女が少年の名を呼ぶ。

 それだけで少年には充分だった。


 次回、第23話『アッキー!』

 この次回予告で内容が分かったら凄いと思う(次回予告になってないじゃん)

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