第21話:知られたら死ぬ

「おっはよー!」


 とうとう迎えた、篠原と遊びに行く当日。

 篠原はいつもの自転車に乗って、青色のTシャツに短パンというラフな格好と、今日の天気にも負けないぐらいの笑顔で待ち合わせ場所までやってきた。

 

「いやぁ、晴れたねぇ。今日はすっごい楽しみにしてたから晴れてよかったよ」


 楽しみにしていたと改めて言われ、少し緊張で強張っていた俺の顔も綻ぶ。

 順平に相談して決めた今日の内容は、ずばり運動公園でスポーツ三昧。

 公営の運動公園だから金もかからないので、デート費持ちの俺にはとても助かる。


 加えて篠原は身体を動かすのが大好きだ。事前に今日のことを話すと、とても喜んでくれた。

 唯一の不安は空模様だったけど、それも抜けるような青空が広がっている。

 

「いやぁ、いっぱいてるてる坊主を作った甲斐があったよ」

「店長マジで怒ってたけどな」


 なんせ店の紙ナプキンで作っていたもんな、こいつ。


「で、そちらの方々が?」

「え? ああ、そう」


 篠原がひょいと俺の背後を覗きこむので、丁度いいから控えていたふたりを紹介することにした。

 いくら運動公園で遊びたい放題と言っても、ふたりだけでは種類が限られる。なによりスポーツするなら出来るだけ大勢の方がいいということで。

 

「紹介するよ。こっちが友だちの順平。それから」


 名前を告げる前に、勢いよく揺れたポニーテールが俺を追い越していき、同時に篠原がぎょっと目を見開くのが見え、そしてすぐに篠原の顔はおろか身体全体が覆い隠された。

 

「きゃあ! かわいい!」


 順平のカノジョ・桑ノ原美沙くわのはら・みささんが辛抱堪らずに篠原へ抱きついたのだ。

 そう、今回は順平曰く、俺たちと順平・美沙さんとのダブルデート。


 だからデートじゃないってーの!


「ははは。美沙の奴、はしゃいでやがるなぁ。まぁ、最近面倒な仕事ばっかだったから仕方ないか」

「仕事って、美沙さん社会人なの!?」


 大人びた様子といい、慣れた感じの化粧といい、俺たちよりも年上なのは見て分かったけど、てっきり大学生だと思ってた。まさか社会人だったとは。


「どうやってそんな人と知り合って付き合うことになったんだ、おまえ?」

「ん、ナンパ、かな?」

「ナンパって……」

「しつこくナンパされてるところを助けてやったんだ。そしたら何故か懐かれた」


 懐かれたって……年上の人をまるで猫か何かのような順平の言い様に呆れる。

 まぁ、でも確かにその表現は正しいのかもしれない。

 ふざけて抱きつくのは女の子同士ではよく見かけるコミュニケーションだけど、頬を擦り付けるところまで行く美沙さんのそれは、もはや動物的なスキンシップに近かった。

 

「……ていうか、なぁ順平、美沙さんって大丈夫な人だよな?」 

「大丈夫って何が?」

「その……実は男よりも女の子が好きな人じゃないかな、って」


 いや、だってなんかこのままキスとかしちゃいそうな勢いだし。

 

「俺という彼氏がいるのだが? 大丈夫だって、美沙は大体いつもあんなもんだ」

「そうなのか?」

「ああ。可愛いものには目がないからな。というか、下手したらお前もああなっていたんだぞ」

「へ?」


 一瞬戸惑ったけれど、いつものように低身長で童顔なことを揶揄われたのだとすぐに分かった。

 はいはい、どうせ男らしさに欠ける外見をしてますよ。でも、いくらなんでもだからって美沙さんが抱きついてきたりなんかは……。

 

「その通り!」


 いきなり篠原に抱きついていた美沙さんが、俺の方を向いてニカっと笑った。

 

「お姉さん、びっくりしちゃったよ! アッキー君、とても順平と同い年とは思えないぐらい可愛いんだもん! 思わずハグしそうになっちゃった!」

「それを俺がなんとか押し留めてやったんだぞ、感謝しろアッキー」

「もう、ちょっとハグハグするだけでしょー。順平ったらやきもち焼きなんだからー」

「やきもちなんて焼いてない」

「うっそだぁ。絶対ジェラってたね」


 そう言って美沙さんはケラケラ笑うと、再び篠原に過剰なスキンシップを再開し始めた。

 順平はしょうがない奴だなとばかりに苦笑いを浮かべる。


 と、不意に順平がぐいっと身体を近づけてきた。

 ほとんど抱き合うような距離。一体なんだ? もしかして篠原たちに対抗して、こちらも頬をすりすりしようとか言うんじゃないだろうな。だったら悪いけど俺にそういう趣味は――。

 

「俺さぁ、初恋は幼稚園の時だったんだよな」


 ……いきなり何の話だ?

 

「相手は女の先生だった。ませたガキだったんだな。絶対将来はこの人と結婚するって思ってたから、卒園式の時はそりゃもう盛大に泣きじゃくったよ」

「順平?」

「だから今も年上の女の人が好きでさ」

「おいおい、一体さっきから何の話だよ?」

「ん、分かんねぇか? 俺の初恋は幼稚園で、アッキーは中学だったんだなってことだよ」

「は? なんでそんなこと知って……あ!」


 ふと、そのことに気が付いて、篠原へと視線を向ける。

 相変わらず熱烈な肉体コミュニケーションを受ける篠原は、美沙さんがワキワキと動かす両手から自分のでけぇ胸を必死に守りながら、ショートボブをかすかに揺らしていた。

 

 ……やっちまった。

 

「いくら初体験の相手とは言え、なんでアッキーがただの中学時代の知り合いに、そこまで入れ込むのか気になってはいたんだが……そうか、そうか、そりゃそうだよな、だってショートボブで巨乳の篠原さんは」

「やめろ、順平。万が一にもそれを篠原に知られた日には、俺はもう死ぬしかない」

「なんで死ぬんだよ?」


 順平は笑ったけど、俺は結構マジだった。



 ☆ 次回予告 ☆


 中学の時、少女はバスケ部に所属していた。

 その華麗なプレイに、周りのみんなは少女をこう呼んだ。

 三中の空冗談、と。


 次回、第22話『三中の空冗談』

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