第20話:福利厚生の内容を考えよう
店長のいい加減な言葉に乗って、篠原を誘ったりなんかしない。
そう思っていたのに。
「お、アッキーも一緒に休みじゃん。だったらその日、遊びに行こうよ!」
スタッフルームに張り出されたシフト表を見た篠原は、開口一番で俺を誘ってきた。
「あ、遊びに行く? な、なんで?」
一瞬、店長が言った「初もお前のことが好きだ」って言葉が脳裏に浮かび、緊張のあまりどもってしまう。
「なんでどもったし?」
「べ、べ、別にどもってなんか」
「今もどもってるじゃん。あ、分かった! こんな可愛い初ちゃんと遊びに行くなんて、これってもうデートじゃんなんて考えたんでしょ!?」
「そ、そんなわけないだろ! それよりなんで篠原と遊びに出掛けなきゃいけないんだよ!?」
「えー、だって丸一日ふたりともお休みなんて滅多にないじゃん。定休日はほら、アッキーは学校あるし」
「それはそうだけど……」
「ねぇー? こんなチャンス滅多にないよぅ。きっと店長の奴、『私が休んじゃうとお客さんが来なくなりますねぇ』って先日私が煽ったのを気にして、こんな無謀な賭けに出たんだよ。くっくっく、馬鹿め。せいぜい閑古鳥が鳴いて早じまいするといいわ」
残念、店長に刺さったのは『女性客が来ない』って発言の方。
つまり馬鹿は篠原の方で、って、店長も大概か。
「そんな店長を尻目に私たちは遊びに行って、大いに楽しんじゃおうって作戦なのさっ! ねぇ、いいじゃん、遊びに行こうよー」
「分かった、行くよ。でも何して遊ぶんだ?」
「それはアッキーが考えてよ」
「は?」
「さっきの反応でピンと来ちゃったんだ。そうだ、これはデートの練習、アッキーに好きな人が出来た時の、デートの練習にしようって。どうよ、社長の未来のことも考える献身的な部下でしょ、私」
ニカっと笑う篠原。
その様子からは献身性のようなものは何も見えず、ただただ状況を楽しんでいるようにしか思えない。
「ってことで当日は楽しいデートプランをひとつ頼むよ、社長」
「あのなぁ、社長を顎でこき使う社員がどこにいるよ」
久しぶりに雇用関係を持ちだしてきたと思ったらこれだ。
ただでさえここでのバイトでは俺が先輩面できていたのは本当に最初のうちで、あとはずっと篠原が俺に指示を出す側になっているんだから、たまには俺に五万円分威張らせてほしいもんだ。
だと言うのに篠原ときたら。
「あと今回のデートは福利厚生ってことで。お代は社長のアッキー持ちでよろしく」
スタッフルームを出る間際に振り返って、そんな駄目押しまでやってくる。
こいつ無敵かよ。
なんてこった、篠原をデートに誘ったりしないって思ってたのに、逆に篠原から誘われて結局デートすることになってしまった。
ただし、これは俺に本当の彼女が出来た時の予行練習。
だから気軽に、適当なデートプランを考えたらいいんだけど……。
「うーん、どうすればいいんだ?」
それからの数日間、俺はずっと出口の無い迷宮に迷い込んでしまっていた。
映画、カラオケ、ゲーセン、テーマパーク……デートの内容なんて幾らでも考えることができる。
でも、これだってのが全く見当たらない。
篠原は一体どこへ連れていったら喜んでくれるんだろう。
当の本人に探りを入れても「悩め少年、それも修行のうちじゃて。ほっほっほ」って偉そうなことを言うばかりで話にならんし。
よし、こうなったら。
「なぁ順平、知り合いの女の子と映画に行くのってどう思う?」
我らが悪友・神楽坂順平に相談することにした。
と言っても真正面から相談事にしては、守銭奴のこいつは必ず金の話から始める。
なのでまずはこんな感じで授業の合間の休み時間、スマホをいじっている順平にちょっとした世間話でもするような体を取った。
「んー、その子とはよく映画の話とかするのか?」
「いや、別に」
「だったらやめておいた方が無難だな。その子が映画が好きかどうかも分からん上に、二時間もおしゃべりを禁じられる場所に行くのはリスキーだろ」
「おお、なるほど」
さすがは順平、スマホを操作しながらの空返事ながら実に頼りになる。
よし、この調子で訊いて行こう。
「んじゃテーマパークは?」
「なに、その子と付き合ってんの?」
「付き合ってはいないけど」
「だったらお前、恋人でもないのに遊園地に行こうなんて言われたら相手はどう思うよ? 大勢で行くにはいいけど、ふたりきりで気軽に遊びに行く場所じゃねぇだろ、遊園地は」
「それもそうか。んじゃちょっと早いけど遠出して海に行くってのは?」
「おいおい、俺の話を聞いてたか? だからそういうところはちゃんと付き合い始めてから――」
不意に順平がスマホから顔を上げて俺を見る。
咄嗟に目を逸らした。
それがいけなかった。堂々としていれば単なる世間話だったのに、この反応では何か後ろめたいところがあるのがみえみえじゃないか。
「ふーん、そうか、女の子とデートか。ふーん、なるほどなぁ」
「な、なんだよ?」
「いや、人に借金している身で、いい根性してやがるなと思ってな。しかもデートプランの相談までタダでやらせるつもりだったとは、ホント、恐れ入るよ」
「デートじゃねぇし。ただ、遊びに行くだけだし。それに相談じゃなくて、単なる世間話で」
「はいはい、分かった分かった。分かったから相談代500円を今すぐ払え。それで借金も今まで通り無利子で待ってやる」
突っぱねることもできた。
が、ここは素直に500円玉を財布から取り出す。
下手に揉めてマジでトイチとかの利子を付けられたら困るのは俺の方だ。順平はそういうこと、結構マジでやる。
「毎度あり」
「この守銭奴め」
「おいおい、そんなことを言っていいのか? この俺様が完璧なデートプランを立ててやろうってのに」
「だからデートじゃねぇって!」
「またまた。相手は例の子だろ。そう言えば今、一緒に鉄さんの店でバイトしてるんだってな。えらく元気がいいって鉄さんが褒めてたよ」
「元気がいいっていうか、じゃじゃ馬なだけだよ、篠原は」
「そんなパワフルなお嬢さんと映画なんか行っても、寝ちまうんじゃねぇか、その子?」
「うっ、それは……」
あり得る。大いにあり得る。
だったらアクションばりばりな映画ならそんなことには……ああっ、でもそれはそれで話に入り込みすぎて大騒ぎしそう。
「遊園地では絶叫マシンに乗りまくりそうだな。アッキーってああいうの苦手じゃなかったっけ?」
「まぁ、得意じゃないな」
軽い高所恐怖症だったりする、実は。
「海なんかに行った日には水着でもないのに泳ぎ出しそうだ」
「…………」
普段着姿で海に飛び込む篠原の姿が余裕で想像できてしまい、俺は頭を抱えた。
「その子と面識のない俺でさえ、これぐらいのことは思いつくんだ。アッキーさ、デートに誘うんなら予めそれぐらいのことは想像しとかなきゃダメだぞ」
「別に俺から」
「とにかく」
誘ったわけじゃないと続けようとしたのに、順平に遮られた。
そして篠原に負けないぐらい、何かいい悪戯を思い付いたかのような笑みを浮かべ
「まぁ最高のデートプランを俺が考えてやるから。大船に乗ったつもりでいろ」
デートじゃねぇって何度も言っているのに、そんなことを言ってきたのだった。
☆ 次回予告 ☆
悪友の知恵を借り、ついに迎えたデート当日。
和気あいあいとした雰囲気で始まるものの、しかし、少年はなぜか死を覚悟していた。
次回、第21話『知られたら死ぬ』
大袈裟な次回予告だなと我ながら思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます