第17話:秘密の理由
もぐもぐ。
久しぶりに食べたけど、アンパン美味ぇな。
張り込みにはアンパンと牛乳という定番を堪能しながら、篠原のアパートを監視する。
時間はもうすぐ午前9時に差し掛かろうとしていた。
いまだ動きはないものの、ランチの準備とかを考えたらそろそろ店長がやってくるはずだ。
果たして店長が篠原の家にやってきて、一体何をするのか?
篠原がひた隠しにする理由も、いまだ見当がつかない。
昨日から考えれば考えるほどろくでもない妄想が湧き上がってくる。ええい、六根清浄六根清浄。
俺は煩悩を頭から追い出すように、残り少ないアンパンを一気に貪った。
それにしても幾らボロアパートと言えども、しっかり人は住んでいるらしい。
以前に篠原を送っていった時は夜だったからまるで廃墟のように思えたけど、存外に人の出入りが多くて驚いた。
会社にでかけるおっさん、ゴミ出しをするおばさん、子供を自転車に乗せて幼稚園へ連れていくお母さんから、夜のお仕事から帰ってきたと思われる派手めなおねぇさん、それに見た目からして日本人じゃないと思われる人まで。
もし仮にこの人たちが一斉にジャンプなんかしたら、あんなボロアパートなんてあっさり崩壊しちゃうんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、アパートの階段のきしむ甲高い音が耳に入ってきた。
意識を向けるとおじさんとおばさんのふたり組が、今まさに二階へ上がっているところだった。あまりここの住人らしくないなと思っていたら案の定、部屋の一室の前で立ち止まって扉をノックし始める。
しかして部屋の中から出てきたのは篠原だった。
あそこが篠原の部屋か。そんなことも知らなかった。あの日はカッコつけて振り返りもせずに帰ったから。
そのまま見ているとどうやら篠原が訪れてきたふたり組と何やら言い争っているのが、離れた所にいる俺からも分かった。
ひそかに店長が既に部屋の中にいるのではって可能性を考えてはいたけれど、どうやら違ったらしい。だってあの人のことだ、もしこの場にいたら絶対話し合いに割って入ってくる。なのにおばさんが篠原を後ろから羽交い絞めにしても登場しないってことは、間違いなく中にはいない。
つまりなんで揉めているのかは分からないけど、今の篠原を助けることが出来るのは俺だけってことだった。
電柱の陰から飛び出してアパートへ走り寄ると、一気に階段を駆け上がる。
錆びた鉄が奏でる耳障りな音が、鳴り響くけど気にしない。
「おい、おまえら、篠原に何しやがる!」
階段を登りきったところで、廊下で篠原とやりあっているふたりに荒げた声をぶつけた。
「な!? 君は一体!?」
おばさんが篠原を取り押さえている間に、部屋へ入ろうと扉のノブに手をかけたおじさんが、突然現れた俺にぎょっと目を見開いた。
「ア、アッキー!?」
それは篠原も変わらない。じたばたと藻掻きながらも、俺の登場に「なんで!?」と頭の上に疑問符をいっぱい生やしまくっている。
「篠原、話は後だ! それよりこいつらを部屋に入れさせなきゃいいんだな!?」
「そ、そう! お願い、アッキー!」
任せろと床を蹴り上げて三人へと迫る。我に返ったおじさんがドアノブを回そうとしたけど、その前に俺がタックルをぶちかました。
ふたりしてごろごろと廊下を転がった後、先に立ち上がった俺は部屋の扉を背中にして仁王立ちする。
「ナイスアッキー!」
「おう! で、こいつら一体何者なんだよ!?」
やっていることは物騒だけど、見たところ普通のおじさんとおばさんだ。借金取りとかではないと思う。だとしたらこの人たちは一体……。
「見た通り、押し入り強盗だよ!」
「違います! 児童相談所の者です!」
「ああ、相談所の人たちか」
なんで私より相手のことを信じるのさって篠原が地団駄を踏みながら俺を睨みつけてくるけど、仕方ないだろ、どう考えてもお前の言い分よりおばさんたちの方が信じられる。
「でもどうして相談所の人がこんな荒々しい真似を?」
「だってこの子、私たちが何を言っても大丈夫だからの一点張りで話にならないの。こちらの調べではお母さんが失踪して、今はひとり暮らしをしてるはずなのに」
「だからせめて暮らしぶりを見せてもらって、判断しようと思うんだけどね。でもこの子が頑なに私たちを部屋に入れてくれなくて」
ようやく俺のタックルから立ち上がったおじさんが、腰に手をやりながら説明に加わってくる。
手加減する余裕なんかなかったから仕方ないんだけど、腰大丈夫だろうか?
「そう。私たちだってなにも無理矢理、施設に入れようとしているわけじゃないのよ。ちゃんとした仕事をして、ひとりでも十分な生活が出来ているようなら、今の暮らしを考慮しましょうと言っているのよ。勿論、定期的な観察はさせてもらうけど」
「そっか、だから店長に説明してもらうつもりだったのか」
分かってしまえば、なんてことはない理由だった。なのについ変な妄想をした挙句、学校を休んでまで真相を知ろうとしたことが急に恥ずかしくなってくる。
「でもどうして俺に隠してたんだ? 正直に話してくれたらよかったのに」
気恥ずかしさを隠すように、篠原へ問いかけた。
「だって……アッキーには知られたくなかったんだもん」
「だからなんで?」
「……カッコわるい」
「は?」
「だからカッコわるいじゃん! アッキーには『ママが帰ってくるまで絶対ひとり暮らしする!』って言ったのに、実際は相談所の人たちに知られて、施設に保護されるかもしれないって……」
「…………」
正直、拗ねたようにそんなことを言う方がカッコ悪いんじゃないかと思ったけれど、黙っておいた。
それに篠原の気持ちはなんとなく分かる。
高校生にもなれば子供の頃とは違って、なんでも自分でできるような気になるんだけど、実際はまだまだ思う通りにならないことがたくさんあって、その度に不甲斐なさを痛感させられるんだ。
「早く一人前の大人になりたいな」
「そうだな……」
ぽつりと呟く篠原に同意する。
ところでその一人前の大人である店長は、一体なにをしているんだろう?
「おい、てめぇら、うちの子になにしてくさっとるんじゃゴラァぁぁぁ!!」
すると突然の怒声が、階段の方から聞こえてきた。
さっき俺が上げた声よりも何倍も大きく、物騒な声に思わず振り返る。
そこには、やっと現れた店長の姿。しかも何故か全身真っ白のスーツ。
「な、な、なんですか、あなたは!?」
「なんですかもなにもあるかいっ! ワシはこの子の雇い主じゃあ!」
「や、雇い主?」
「そうや! この子はええ身体しとるからのぉ。男たちに奉仕させて、めいっぱい稼がせてもらわな困るんじゃ!」
おじさんたちが、俺が登場した時の数倍大きく目を見開いた。
一方俺たちはと言うと、ふたりして呆気に取られていた。
いい身体=滅多に風邪なんか引かない健康体、すなわち病欠の心配がなく、しっかりシフトを守ってくれる良店員。
男たち=滅多に女の人は来ないので、居酒屋てっちゃんの常連は男ばっかり。
奉仕=注文を聞いたり、料理を運んだり。
うん、間違ってはいない。
間違ってはいないが、明らかに別のことを想像させるワードばっかだ。
「おうおうおう、そんなうちの子に因縁付けるとは、それなりの覚悟はしとるんやろうなぁ、てめえら!?」
「か、覚悟って……」
「そっちがやるってんならこっちもとことんやったるぞ! 戦争じゃゴラァァァァァァァ!!!!」
さすがにこれには児童相談所のふたりも青ざめ、あたふたと階段を駆け下りていった。
「もう二度と来んなッ! 次にその姿を見せたら承知せんぞ、がっはっは!」
その後姿に店長がひとしきり怒声と笑い声を飛ばした後、こちらをくるりと振り返る。
めっちゃいい仕事したやろって言わんばかりのドヤ顔だった。
「やり過ぎだ、バカー!」
.
そのドヤ顔に篠原が渾身のハイキックをかましたのは言うまでもない。
☆ 次回予告 ☆
ここに一皿のたらこバター炒飯がある。
何の変哲もない、賄い飯で出された炒飯。しかし、それには驚くべき秘密が隠されていたのであった。
次回、第18話『意外な、とても意外な』
たらこバター炒飯というお題で書いてみた、というわけではない。
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