第12話:彼女の提案、俺の要望

「高校生のくせして女を囲うとはやるなぁ、アッキー」


 次の日、俺が昨夜のことを話すと、順平は感嘆一割、驚き一割、呆れ三割のからかい五割な反応を見せた。

 

「篠原にも同じようなことを言われたよ」

「で、その子はなんて?」

「考えさせてくれ、って」


 俺としては考える余地のない、篠原にとっては最良の提案だと思ったんだけどな。

 

「まぁそうだろうな。俺だってそう答える」

「なんで?」

「そりゃあ決まってる。そんな条件を受けたら、アッキーが果たしてどんな変態プレイを要求して」

「そんなもんするかっ!」


 人が真面目に答えを求めているのにふざけんな!

 

「冗談だよ、冗談。あのさぁ、アッキーもその子の身になって考えてみろよ。本当なら立ちんぼやってることを知られるのだって嫌だったはずだぞ。そこへさらに親戚でも恋人でもない、ただの中学時代に同級生だった奴が金をやるなんて言ってきたらどう思うよ?」

「順平の言いたいことは分かるよ。つまりは行き過ぎた同情は、かえって篠原を惨めにするって言いたいんだろ?」

「なんだ、分かってんじゃないか」

「だから篠原には言ってあるんだよ。これはお前に同情したわけじゃないって」

「同情じゃなかったら何なんだよ?」

「エゴだ」


 そう、篠原に金をやる、それは即ち篠原に売春なんかしてほしくないって言う俺のエゴ。

 同情でもなんでもない、ただただ俺が篠原にそんなことをやらせたくないって言う単なるわがままだ。

 

「エゴ、ねぇ。でもお前、それってつまりは彼女のことを――」


 順平が何か言おうとしてやめた。

 こんなやりとりをしていてなんだけど、やっぱり順平は友だちだなって思った。

 



「五百兆円!」


 まさかその言葉を二日連続で聞くことになるとは思わなかった。

 

「私を一ヵ月買うのなら五百兆円払え!」


 放課後。

 今日から再び居酒屋バイトを始める俺は、その前に予め篠原と約束しておいた場所へとやってきた。

 そこで自転車のサドルに跨ったままの篠原は、俺の姿を確認するや否やそう言い放ったのだ。

 

「んでもって住まいはタワマンの上層階。夜な夜な豪華なディナーに、その後は有名人もうじゃうじゃ参加してるパーティへ。イエイ、バイブス上げてこー! お姉さん、テキーラ追加!」

「お前なぁ」


 頭が痛い。

 昨夜、俺の提案に考えさせてと答えた篠原に、もし受け入れてくれるなら幾ら欲しいか決めておいてくれと頼んでおいた。

 だからいきなり金額を提示する姿勢は間違っていない。

 が、その額は即ち受け入れ拒否の返事以外の何物でもなかった。

 

「篠原、俺はこれでも真面目だったんだぞ。なのに断るなら断るでお前ももうちょっと」

「え? 私、別に断ってないよ? 幾ら欲しいかって訊かれたから素直に五百兆円って」

「そんな金額払えると思ってるのかよ?」

「払えないの? ええー、五百兆円っぽっちも払えないくせに私を一ヵ月買うとか言ったんだ? アッキー、だっさぁ」

「あのなぁ」


 こっちはそのお金を作るために今日から頑張ってまたバイトしようとしていたんだ。

 なのにこんな態度を取られると、さすがにやる気も失せる。

 ちなみに順平への三万円は、この際だから考えないことにした。

 

「まったく、アッキーはホント身の程知らずのお子様で困りますなぁ」

「おい、篠原。お前、いい加減に」

「だからそんなアッキーに提案があります。私を買うのではなく、雇うのはどうでしょう?」


 篠原がニヤリと口角をあげた。

 

「篠原を雇う?」

「そう。しかも今なら一ヵ月五万円と、とてもリーズナブルな値段になっております」

「五万円……」

「五万円ならアッキーでも払えるでしょ?」

「でも五万円でお前、暮らしていけるのかよ?」

「だから他にバイトもするよ。社長、立ちんぼの副業は認められますか?」

「認められるか、馬鹿!」

「だったら何かまともなバイトを見つけないとね!」


 そのまともなバイトを見つけられなかったから、自分の身体を売ることにしたんじゃないのかお前は、とツッコミたかった。

 だけど右手を額に当てて敬礼する篠原の目は、そのふざけたような言動とは裏腹に真剣そのものだ。

 まるでこれが俺の提案を受け入れるギリギリの妥協だと言わんばかりに。

 

「……分かった。月五万で篠原を雇おう」


 そんな眼差しに押し切られたというわけでもないけれど、俺は首を縦に振った。

 考えてみれば篠原を買うのも雇うのも、どちらも別に何かしてもらいたいものがないという意味では同じだ。

 それに五万円という現実的な数字も正直助かる。


「ホント!?」

「ああ。じゃあ早速仕事を言い渡すぞ」


 ただし、不安要素もある。

 月五万円では一人暮らしの経験がない俺でも、とてもじゃないが生きていけないって分かる。

 つまりは篠原がちゃんとしたバイトを見つけることができるかどうかがカギ。その為に今出来ることはただひとつ。

 

「篠原、美容院に行って髪切ってこい。あと、服も」


 今日も今日とて篠原は中途半端に伸びた髪に、ださいジャージ姿のままだった。



 ☆ 次回予告 ☆


 契約を結んだ少年と少女。

 しかし、現実はやっぱり厳しかった。

 やはりどこも少女を雇ってはくれないのだろうか?


 次回、第13話『最低で最高の店長』

 新章突入です、お楽しみに。

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