第6話:彼女の事情

「ありきたりな話なんだけど、会社のお金を盗まれちゃったのがきっかけなんだ」


 確かによく聞く話ではあるけれど、それはドラマやニュースや小説でのこと。実際に身近な人物が、そんな事件に巻き込まれた話を聞くのは初めてのことだった。

 

「盗んだのはパパが会社を興した時からの人でね、すっごい信頼してたの。ちなみに下の名前はなんだと思う?」

「……そんなの分かんねぇよ」

「だよねぇ。なんと、一平って言うんだって!」


 絶対信用ならない名前じゃんって篠原は爆笑した。

 俺も知り合いが関係してなければきっと大笑いしていただろう。

 

「ま、とにかくそれでパパの会社は倒産しちゃった」

「なるほど。それで生活が苦しくなったのか」

「大きな借金を抱えちゃってねぇ。家も売っちゃったし。借金取りもやってくるわで大変だったわー」


 しみじみと話す篠原。

 俺は最後の一言が引っかかった。

 

「大変、? つまり今は大変じゃないのか?」

「うーん、今も大変って言えば大変だよ。でも借金取りに怯えることはなくなった」

「へぇ、そりゃよかった」


 家を売っても足りなかったんだ、きっとかなりの金額だったのだろう。

 親戚にでも頭を下げて借りたのだろうか。

 

「代わりにパパが死んじゃったけどね」

「え?」

「自動車事故でね。崖から海へダイブしちゃった。表向きは居眠り運転だろうってことになっているけど、あれはきっと――」


 言われなくても俺だって分かる。

 篠原のお父さんは、自分が作ってしまった借金で家族を苦しませない為に、自身に掛けた生命保険を使うことにしたんだ。

 きっと責任感の強い人だったのだろう。それは篠原を見ていてもよく分かる。こいつ、いつもふざけているように見えて、体育祭や学園祭では誰よりもクラスの為に頑張る奴だったもんな。

 

「多分パパもいっぱいいっぱいだったんだろうね。ちょっと考えたら自分が死んでいっぺんに借金を返すより、生きて家族みんなで頑張って少しずつ返していった方が誰も悲しまないって分かるのにさぁ」


 篠原の言う通りだ。きっとそう冷静に考えることも出来ない状況だったのだろう。

 それが分かるから篠原はこれ以上父親を責めることはなかった。

 

「で、現在はボロアパートに住んで、なんとか生きているってわけですよ」

「うん」


 篠原は変わらず少し口角を上げながら話すけれど、なかなかハードな人生だ。

 少なくとも生まれてここまで家族の死も生活苦も無縁だった俺には、きっと半分も理解できていない。

 だから

 

「でも、だからってあんなことをしなくちゃいけないほどなのか?」


 そんなストレートな質問が、つい口から出てしまった。

 まだ高校生なのに身体を売るなんて、俺からしてみればそれこそ最後の手段って感じに思えたからだった。

 

「あんなことって、アッキーだってそのあんなことを利用しにやってきたじゃん」

「それはそうなんだけど、でも男と女ではその意味合いも変わってくるだろ?」

「いやぁ高校生のくせしてなにしとるんじゃーって意味ではどっちもどっちだと思いますよ、私は」


 それはそう、確かにそう。

 

「ま、ぶっちゃけるとホントにそれぐらい苦しいんだよ。うちの両親って親の反対を押し切って、駆け落ちしたらしいのね。だから親族には縁を切られてて。一応、パパが死んじゃった時にママが連絡を取ったけど、けんもほろろな対応だったらしいよ」

「そうなのか……」


 そうは言われてもやっぱり納得はできそうにない。きっと今は何を言われても納得できない。

 だから話を変えることにした。

 

「そう言えば高校はどうだ? 篠原って都内のお嬢様学校に進んだんだよな。やっぱりああいうところって『ごきげんよう』みたいな挨拶するの?」

「んなわけないじゃん。普通だよ、普通。そりゃあ親は大企業の社長とか政治家とかが多いけど、通っている子はみんな普通の女の子だよ」

「そっかー。そりゃそうだよなぁ」


 深く頷きながら、実はちょっとホッとした。

 そんな家庭環境だから、もしかして学校は辞めちゃったのかと心配していた。

 篠原が志望校に進むためどれだけ頑張ったか、俺も少し上の学校を目指したからよく知っている(まぁいざ入ってみればみんな童貞を捨てる為に風俗に行くような連中ばかりだったわけだが)。

 その努力を無駄にしてほしくはなかった。

 

「ホント、世の男たちはお嬢様学校だからって夢見すぎなんだよねぇ。まぁ、おかげで制服とか信じられないぐらい高く売れたわけだけど」

「え? 売れた?」

「そう、ネットで」

「この馬鹿っ! やっぱり学校辞めちゃってたのか!?」

「馬鹿言うなっ! アッキーのとこと偏差値同じくらいだぞ、うちの学校!」

「そんなの辞めたら意味ないだろ!」

「いいのっ。私立の高校ってすっごいお金かかるんだから。今のうちの家庭環境で行けるわけないじゃん!」

「それはそうかもしれないけど、でも奨学金とかでなんとかなったんじゃないのかよっ!」

「あのねぇ、奨学金と一言で言っても、そのほとんどはディスイズ借金よ? お金に困ってる状況で、さらに借金を重ねるなんてそれこそ馬鹿のやることでしょ。そもそもね、高校なんて行かなくても高卒認定試験ってのに合格すれば大学受験できるようになるんだから、だったら今はお金を稼ぐのが先じゃん!」


 本日二度目のそれはそうかもしれないけれどどうにも納得はできない状態。

 くそう、現実厳しすぎるだろ。もう少し手かげんしてくれてもいいんじゃないか、なぁ!

 

「それにさ、学校に籍を置いててこんなことしてるのバレたら、学校の評判が落ちるでしょ。だから辞めたの」


 なんとももどかしい気持ちにモヤモヤしていたら、篠原がポツリと呟いた。

 まったくこんな状況なのに自分よりも学校の心配してどうするよ。篠原らしいけど。


「とにかく!」


 しんみりしそうになった空気を変えたかったのだろう。篠原が妙に声を張り上げた。

 店員が持ってきてから一切手を付けていなかったチーズケーキを、豪快にも一口で頬張る。

 

「んなもにゃでおかもにゃにゃひつ」

「そんな口の中がいっぱいで話しても何言ってんのか分かんねぇよ!」


 お約束過ぎるな、こいつ。

 

「ごくん。ふぅ。とにかくそんなわけでお金が必要なわけ。だからアッキーが私を買ってくれてホント助かった! しかも五万円だもんね。サービスしちゃうぜぇ、ぐへへへへ」


 ぐふぐふ笑う篠原。中学の時もよくこんなこと言って揶揄われたっけと懐かしくなると同時に、今なら篠原を何でも俺の好きなようにできる事実を強く認識する。

 それこそただセックスするだけじゃなく、あんなことやこんなことまで……。

 

「あ、でもいくらなんでも無理なこともあるからねっ! 俺の尻の穴を舐めろとか言われても私絶対ヤだよ!」

「そんな変態プレイ要求せんわっ!」

「うっそだぁ。今、すっごくエロい顔をしてたもん」

「だからって尻の穴とか舐めさせるかよ! 恥ずかしすぎるわっ!」


 と言ってから気が付いた、いつの間にか周りの席の人たちがこちらをジロジロ見ていることに。

 しまった、篠原があまりに変なことを言い出すからつい声が大きくなってしまった。

 

「篠原、行くぞ」


 あまりの気まずさに席を立つ。

 篠原も居たたまれなくなったのだろう、そそくさと口元を拭くと立ち上がって「それでどこのホテルにしよっか?」と小さな声で訊いてきた。

 いくら小さな声とはいえ、注目されているのにそんなことをここで言うかね。そう思いながら、俺はさっきから考えていたことを口に出す。

 

「いや、篠原のアパートに行こう」

「え、ヤダよ! 私、結構大きな声を出すのに!」


 この馬鹿! 今もでけぇよ!

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