第3話:いつも通っていた道ばたで
さて、周囲の連中が一斉に脱童貞を果たして一ヵ月。
それは、俺がいまだ男の操を守っているのを馬鹿にされるという、実に不条理な辱めを受けた一ヵ月であり。
また俺が私鉄で地元から数駅、日本でも屈指の繁華街で居酒屋バイトを始めてから一ヵ月が経ったということでもある。
ただし、バイトの方は無事任期満了ということで、昨日速攻で辞めてきた。
順平の奴、なにが「顔は怖いけど、いい人だから」だよ。店長に滅茶苦茶しごかれたぞ。
おまけにどんなに酷い扱いを受けても返事は「はい、喜んで!」という軍隊仕様。
どうしてもお金を稼がなくちゃならないって事情がなかったら、きっと俺は初日でバイトを辞めていたことだろう。
そう、俺はみんなから一ヵ月遅れで、順平の提案に乗ることにした。
つまり初体験は好きな人とという俺のありきたりな願望は、周囲に取り残されると馬鹿にされるという現実に、情けなくも容易く膝を折ったのだった。
『でも短期バイトは既に終わっていてな。今はちょっとキツい居酒屋バイトしかないけどいいけどやるか?』
『……やる』
『了解。早速店長に話しておくよ』
『……あと初体験のお相手はショートボブの巨乳のお姉さんでお願いします』
『お前、ホント好きだよな、その組み合わせ』
というわけで俺は、軍隊居酒屋で稼いだ軍資金を財布に入れて、ショートボブで巨乳なお姉さんとの初体験を迎えるべく、夜の街へとやってきた。
これまであまり地元から出たことはない。街へ出るにしても基本的に昼間がほとんどだから、居酒屋バイトを始めた頃は夜の繁華街ってのがこんなにも人で溢れかえっていることに驚いた。
下手したら休日の昼間よりも多いんじゃないだろうか。夜こそがこの街の本当の顔なんだなと知った。
しかもその顔もひとつだけじゃなくて、ちょっと大通りを逸れた小道に入っただけでがらりと様変わりする。
そんな路地を通るたびに「おいおい、お前にはまだ早いよ」と誰かに言われてるような気がした。
ただ、順平に教わった場所は、意外にもごく普通の通りだった。
大通りではないものの、それなりに人の行き来が多く、怪しげな雰囲気はあまり感じない。居酒屋バイトしている時にも毎日のように使っていた。
まぁ、やたらと女の人が道の傍らに立っていて、スマホを弄っているなとは思っていたけれど。
まさか彼女たちがそういう人たちだとは思ってもいなかった。
『喜べ、アッキーのお相手が見つかったぞ。店の人じゃなくて、立ちんぼの人だけどな』
数日前、順平がそう伝えてきた。
立ちんぼ、とは一応聞き覚えがあった。たしか風俗店で働く人じゃなくて、路上で売春交渉をする女の人のことだ。
『立ちんぼっておっさんが相手なんじゃないの? ほら、パパ活とかいう奴? なのに俺みたいな高校生でもいいのか?』
『本当は色々とマズい。ただでさえ立ちんぼは違法な上に、未成年相手だと実刑を喰らう可能性もあるからな。ただそこは俺がなんとか交渉してやった。感謝しろよ』
『んー、俺は別にお店の人でもいいんだけど。お店にはいなかったのか、ショートボブの巨乳お姉さん』
『……いるにはいるが、ちょっと今、お店の方はヤバくてな。どこから漏れたのか知らねぇけど、あの店は未成年でもヤらせてくれるという噂がネットに流れちまって』
それは噂じゃなくて本当のことじゃないかと思ったけれど、ツッコミは入れなかった。
それによくよく考えたら、相手がお店の人だろうが、立ちんぼの人だろうが結局は同じこと。ひとときだけ体を重ねて終わり、ただそれだけの関係の人に過ぎない。
それにしても立ちんぼって話には聞いたことがあるものの実際に見たことはない、と思っていただけで実際は普段から普通に見かけていたんだな。
それぐらいここにいる女の人たちは綺麗な人が多いけれど、それでもどこにでもいるような人たちばかりだった。
ああ、そうか。おそらくここでは世界が真逆なんだろう。
例えばお水系のお姉さんの載っている看板が、キャバクラなどの風俗店だと分かるように。
アニメの美少女キャラが描かれているお店が、メイド喫茶とかのそっち系だと想像できるように。
そんな分かりやすさとは真逆の、出来るだけ周囲には分からないようにしている世界……改めて違法行為なんだなって痛感する。
その違法行為に今から足を突っ込むのかと思うと少しビビる。
でも、ここで怖気ついてしまったら、また明日から童貞と周りから見下される毎日だ。それはなんとしてでも避けねばならない。ちっぽけなプライドのために。
大丈夫、なんてことはない。自分に言い聞かす。
そもそも立ちんぼじゃなくても、高校生が風俗店を利用すること自体、立派な犯罪行為。
でもそれを乗り越えて奴らは大人になった。大人になるってことは少なからずそういうところがあるもんだと思う。
あいつらに出来て俺に出来ないわけがない、そう覚悟を決めて俺はひとりの立ちんぼの女の人へと近づいていく。
一目見た時から分かった。あ、この人が順平の言っていた人だなって。
それぐらい俺の好みにドンピシャだった。少しだけ順平に感謝する。手数料分の働きはしたな、あいつ。
俺の足音で気付いたのか、お目当ての女の人がスマホから目をあげた。
俺を見てちょっと笑ったように見えた。それが「君が童貞を捨てようと必死な子かぁ」とウケたのか、それとも「へぇ、ちょっといいじゃん」の意味なのかは正直分からない。
もしかしたら「え? 君、ホントに高校生? 中学……さすがに小学生はないよね? というか、男の子だよね?」なんて思われている可能性も……残念ながら否定できない。
まぁ、そんなのはどうでもいいか。
ヘアスタイルも胸の大きさも、さらに言うなら顔だって俺好みだったけれど、この人とはこれからほんの一時間ほど人生が交わるだけの関係だ。お互いが好きになるなんてことはおそらく無くて、彼女からしたらきっと明日になったら俺のことなんて顔も覚えてないだろう。
俺は多分しばらく彼女のことを――主にその体の感触について――忘れないだろうけど、それでも一年後でも覚えているかと言われたらあまり自信がない。
そんな関係なんだから嗤われようが、気に入られようがどうだっていいじゃないか。
そう割り切って俺は彼女に声をかけようとしたその時。
「あれ、アッキーじゃん!」
いきなり横から俺のあだ名を呼ぶ声がした。
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