第2話:男子高校生の理想と現実

 俺が高校生のくせして身分不相応にも女の人を買おうとし、その結果、中学時代の同級生だった篠原と最悪の再会を果たしてしまった経緯を振り返ると、やはりきっかけは友人から持ちかけられたあの提案になるだろう。


 高校生活も一年目が無事終わろうとしていた頃、彼は爽やかな笑顔を浮かべてこう話しかけてきた。

 

「どうだアッキー、春休みにバイトして、その金で童貞を卒業しねぇか?」


 果たしてこんな最低な提案をかくも飄々と言ってのける高校生が、この世の中にどれだけいるんだろうか。

 呆気に取られる俺になおも「いい話があるんだ。みんなには内緒だぜ」なんて迫ってくるこの茶髪野郎は、周りから『みんなの悪友』と呼ばれているクラスメイト・神楽坂順平かぐらざか・じゅんぺい

 俺たちと同じ高校生のくせして、なにやら怪しげなバイトをしているせいか、やたらと世間に精通している顔の広いイケメンだ。

 

「実は高校生でもヤらせてくれる店があってな」

「…………」

「短期間で稼げるバイトも知ってるぞ」

「…………」

「ほら、アッキーは背が低くて童顔なのを気にしてただろ? だからここで童貞を卒業して、男としての自信を付けてだな」


 黙って聞いていたけれど、人のコンプレックスに触れられてさすがにカチンと来た。

 確かに俺は背が低い。具体的に言うとの平均身長にも足りないという不甲斐なさだ。

 おまけに顔もよく言えば中性的、悪く言えば男の子か女の子か分からない子供みたいな顔つきで、おかげで昔からクラスの演劇では決まって女性役ばかりやらされていた。

 

 それでも俺は間違いなく立派な男であり、そして童貞なのかそうじゃないのかってのは、男としての自信プライドに何の関係もないと思っている。

 順平もどうせなら身長を劇的に伸ばす方法とか、男っぽい顔になれる薬とかを持ってきたらいいのに。


 まぁそれはそれで怪しさ満点だから乗らないけど、と思いつつ口を開く。

 

「なぁ、順平」

「お、やるか?」


 順平が目を輝かせる。


「それでどれだけの紹介料がお前に入るんだ?」

「え?」


 順平の目が少し泳いだ。

 やっぱりそうか。

 順平は悪い奴ではないけど、なにかと金に汚い。どうせ今回も脱童貞話を持ちかけて、一儲けする腹だったのだろう。


「そもそも『みんなには内緒だぜ』ってのもこの手の常套手段で、ホントは他の連中も誘いまくってるだろ?」

「くっ、さすがは出席番号5番・近江亮おうみ・あきら君。なかなかに鋭い」

「まぁな、出席番号6番の神楽坂順平君」


 思えば出席番号が前後していたのが運の尽き。入学初日に話しかけられて友だちになったのはいいが、その後いろいろとカモにされた。

 その苦い経験が今に生きている。

 

「仕方ない。他の奴を当たるか」


 順平は頭を掻きながら立ち去ると、たまたま教室に入ってきたクラスメイト・通称チー牛に「よぉ、心の友! 今日はお前にいい話をもってきたぞ」とすかさず駆け寄って、キョドるチー牛の肩に手を回した。

 さすがはみんなの悪友だ、このコミュニケーションお化けの手にかかれば、誰だって心の友になってしまう。

 

 俺は呆れつつも、さりとて順平を止めたりはしなかった。

 順平は守銭奴ではあるけれども、決して酷いウソをつくような奴じゃない。

 きっと今回の話だって美人局つつもたせとかじゃなく、本当に女の人とヤれるのだろう。バイトだってかなりキツいとは思うけど、ちゃんと法を守っている仕事だと思う。

 

 でも、こんな話にみんな食いつくもんかな。

 

 だって俺たちはまだ高校生、おっさんと呼ばれる歳した童貞じゃあるまいし、お金のやりとりなんかしなくても恋人同士でそういう経験を持てるチャンスはこれからいくらだってある。

 そりゃあ『女の子とヤったことがあります!』ってのは俺たちの世代では極めて価値の高い勲章ではあるけれども、貴重な初体験を見知らぬ相手と、しかもお金を支払ってなんてのはどうなんだろうと思ってしまう。


 常に女の子に飢えている男子校ではあるものの、それでも良くて二割、おそらくは一割も順平の話に乗らないんじゃないだろうか。

 と、その時の俺は軽く考えていた。

 

 一か月後。

 

「童貞? そんなものはとっくに捨てたさ」

「高二にもなってまだ童貞の奴って本当に存在するんですかね?」

「え? アッキー、まだ童貞なの?」

「マジかよ……信じられねぇ」

 

 二年生に進級したこの春、どうやら周りで童貞なのは俺だけのようだった。

 ああ、なんてことだ。俺の通う学校は、ただの飢えた狼が集う学校じゃなかった。

 飢えている上に、アホな狼が通う学校だったとは……。

 

「…………おーい、順平。ちょっと折り入って話があるんだが……」


 そしてその群れに属する以上、俺もまた情けなくはあるが、アホにならなければいけないのは仕方のないことなのだった。




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