第15話:エルフの森

ヒカリとシロは、エルフの森を目指して街を後にする。

穏やかな陽射しの下、2人はしばらく土が踏み固められて作られた街道を歩き続けた。

道の両脇には緑豊かな木々が並び、鳥のさえずりが風に乗って耳に届く。

足取りも軽やかに、街から離れるにつれて森の影が深くなるのを感じながら、ヒカリは次第に心が静かになっていくのを感じた。


薬屋の店主の話だと、エルフの森は決して近いとは言えないが、徒歩でもたどり着ける距離らしい。

徒歩で約6時間ほど、距離にして約30キロメートルになる。

さらにそこから森の中を歩き続けるようだが、里までの距離は店主もわからないようだった。


ヒカリは目は見えなかったが、元々体は強く、実は運動神経がいい方だ。

さらに、ゲームの中だからなのかレベルが上がったからなのかわからないが、最近は体の調子がものすごく良い。

店主の話を聞いても問題なくたどり着けるだろうと判断したため、朝一でログインしてすぐに出発していた。


(変な人たちに絡まれてしまったが)


最初の数時間は平坦な道が続き、街道から外れても木漏れ日が降り注ぐ明るい林が続く。

道は徐々に傾斜を増し、遠くに見えていた森が次第に近づいてきた。

時折、森から吹き込む涼しい風が2人の顔を撫で、疲れを癒してくれる。


輝瞳スキルを使っていたのもあって、特に障害もなく目的の森に辿り着き、森に入る準備を始めた。

持参したサンドイッチを頬張って小休止をすると、枝葉で切らないように、露出していた肌を隠す長袖や手袋を装着した。


ここまでの道のりはそれほど険しくはなかったが、ここからはそうはいかないだろう。

入口や歩きやすい道らしきものはなく、鬱蒼とした森の中だ。

日の光が届きにくなっており、独特な雰囲気が漂っている。

少し緊張を覚えながらも、意を決して進み始めた。

すると、10分もしないうちに深い霧が立ち込め始める。

その霧はただの自然現象とは思えないほど、異様な空気を漂わせていた。

異様な白さで、少し歩いただけで前後左右がわからなくなるほどの霧に囲まれる。


「ここからが本番って感じだね」とシロが少し冗談めかして言うと、ヒカリも小さく微笑んで頷く。


ヒカリは輝瞳きどうスキルを発動し、透視能力で周囲を見渡した。

想定していた通り、透視能力はこの霧にも有効だったようだ。


ヒカリは安堵して「よかった、ちゃんと見えたよシロちゃん」と言うと、肩に乗ったシロからはヒカリの顔すら見えてないようで、明後日の方向に向かって返事をしている。


ヒカリの声から方向はわかるだろうに、視界が悪くなる以上に何か認識を阻害する効果でもあるのだろうか?

シロが迷子にならないよう、肩に乗っていたシロを抱き抱えて霧の中を進み始める。


奥に行くほど木々の間隔が狭くなり、回り道の頻度が上がってきた。

霧もさらに濃度を増し、服がしっとりと濡れ始めるくらいの湿度を感じ始めている。

視界はスキルのおかげで良好だが、森に入ってから約2時間ほど経った頃、ヒカリはその霧の中に何か異様なものが潜んでいるような気配を感じ取っていた。


街の近くの森も霧に覆われていたが、そこにはルミナリウムがいて周囲を明るく照らし、その幻想的な光景で心が癒されたものだ。

だが、この森にはそのルミナリウムはおらず、暗く陰鬱な雰囲気が漂っている。

薬屋の店主の話だとルミナリウムの生みの親が世界樹とのことだったので、そろそろルミナリウムが現れてもおかしくないだろうと思っていたその時、異常な光景がヒカリの目に飛び込んできた。


鹿やウサギといった森の動物たちが、まるで狂ったかのように無意味に同じ場所をぐるぐる回ったり、突然走り出したりしている。


「この森、聞いていた以上に不気味だね……薬屋さんが言っていた通りに霧は出ているから、ちゃんとエルフの森なんだろうけど、なんだか嫌な感じがするよ……」ヒカリが不安げに言葉を漏らした。


シロはヒカリの腕に抱き抱えられて丸まっているが、首だけはピンと立ち上げて周囲をしきりに見回している。


不安はあるが、進めないわけではない。

エルフの森での冒険と世界樹を見るという強い目的が、ヒカリを前へと進めさせていた。


その後さらに進んだ頃、突然、霧の中から複数の影が浮かび上がった。

スラリと身長の高い男性達がヒカリの周囲を囲んでいる。

10人近くはいるだろうか。

輝瞳スキルで視界が確保されていたヒカリからしたら、魔法か何かでいきなり姿を現したように見えた。


彼らは無言のままヒカリとシロに接近し、広がっていた円が狭まっていく。

よく見ると、全員の顔が非常に整っており、両耳の先端が長く尖っている。

おそらく、この人たちがエルフなのだろう。

街で聞いていたエルフの特徴と一致していた。


ただ、店主から聞いていた様子とどこか違い、エルフ1人1人の表情が険しく感じられる。

ヒカリに向けられたその冷たい瞳からは鋭い敵意がにじみ出ているようだった。


「ななな、なんですか…!」ヒカリの抵抗も虚しく、エルフたちは彼女の言葉を無視して力ずくで2人を捕らえてしまう。

ヒカリとシロは、抵抗する間もなくそのまま連行されていった。


どうやら2人はもうすぐエルフの里に着くところまで来ていたようで、2人が連れて行かれた先は里の中だった。

しかし、ヒカリが期待していた美しさや神秘的な雰囲気はどこにもなく、代わりに重苦しい緊張感が里全体を包んでいる。

里の中心には信じられないサイズの大木が立っており、あれがおそらく世界樹だろう。

ただ、そこにはルミナリウムの姿もなく、特別な力がある木には見えない。


エルフ達の話す言葉は日本語ではないようで、理解ができない。

ただ、里の中にいたエルフたちとすれ違うたびに罵声のような言葉を浴びせられ、歓迎されていないであろうことは明らかだ。


里の外れまで連れて行かれたヒカリとシロは、そのまま牢屋の中に閉じ込められてしまう。

言葉が伝わらないだろうし、何より明らかに敵対的な態度で接されたせいでヒカリは萎縮してしまい、ここまで言葉を発することなく黙って従うしかなかった。

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