第5話:初めて見る現実世界

「あそこから入れそうだね、もうちょっとだよヒカリ」


「やっと着いた……」


街を囲む門の前には、甲冑かっちゅうをまとった兵士たちが立っており、厳しい表情で見張りをしている。

ヒカリが近づくのに気づくと、一人の兵士が声をかけてきた。


「君、一人でここまで来たのか!?」


ヒカリは小さく頷いた。

兵士は驚きの色を浮かべている。


「森を通ってきたんだな……。こんな無防備な格好で、よく無事に……。疲れているだろう? ここでゆっくり休むといい」


兵士は優しい笑みを浮かべて中に引き入れてくれた。


ヒカリはその言葉に感謝して足を踏み入れる。

宿屋に辿り着いたヒカリは、受付で手続きを済ませた。


「お疲れ様、旅人さん。今夜はここでゆっくり休んでいってね」


主人の穏やかな声が、疲れ切ったヒカリの心に優しく響く。

彼女は深く感謝を込めて会釈をし、案内された部屋へと入っていった。


部屋は小さくてシンプルだったが、清潔で落ち着いた雰囲気が漂っていた。

ヒカリはベッドに腰を下ろし、少しだけ目を閉じて、その静かな空間に身を委ねる。

今日の出来事が思い出され、彼女の胸にじんわりと達成感が広がっていった。


「今日は本当に頑張ったね」


シロの声が耳に優しく届く。


「ゆっくり休んで、また明日、新しい冒険に出かけよう」


ヒカリはシロの言葉に微笑み、静かに頷いた。

彼女は心の中で、初めての都市への到達を喜びながら、次の冒険への期待を膨らませる。

そして、ログアウトのコマンドを選択した。


その直後、意識が現実世界へと引き戻される。


ヘッドセットを取り外してゆっくりと目を開けたが、目の前に広がる光景に一瞬戸惑った。

見慣れない部屋の中にいるような感覚が彼女を包んでいる。

心の中で混乱が広がりかけたが、次第にそれが自分の部屋であることに気づき始めた。


「これが……私の部屋?」


ヒカリは、まるで初めて出会うかのように、自分の部屋を見つめた。

そこには、温かみのある木製の家具が並び、優しい色合いのカーテンがかかっている。

窓からは柔らかな光が差し込み、部屋全体を包み込んでいた。

すべてが、これまでとはまったく違う世界のように感じられる。


ヒカリは思わず涙を浮かべた。

目に見えるすべてが、リアルな質感と色彩で満ちている。

その美しさと温もりが、彼女の心に深く染み渡っていった。


ゆっくりとベッドから立ち上がり、部屋の中を歩き始めた。

これまで何度も触れて想像してきただけだった家具を、今度は目で確かめながら歩く。

机の上の点字の本、母が壁にかけてくれた絵、窓からの景色――それらすべてが新鮮だった。


ヒカリは、その感動をかみしめながら、部屋の外へと足を運ぶ。

普段手放すことのない杖は、ベッドサイドに置いたままで。


リビングに足を踏み入れると、両親がそこにいた。彼らは最初、何気ない顔でヒカリを見つめていた……たが、次の瞬間、彼女の顔を見ていた彼らに驚きの表情が浮かび上がる。

その表情はすぐに喜びへと変わり、母が感極まったように前に進み出た。


「ヒカリ……見えているの?」


母の声は震えていた。

ヒカリはその問いかけに対し、言葉にならない感情が胸に押し寄せてきて、ただ静かに頷くことしかできない。

次の瞬間、母はヒカリを強く抱きしめた。


「見えるのね、本当に……」


母は涙を流しながら、その喜びを言葉にできずにいる。

ヒカリも、その温かさを感じながら涙をこぼした。


「おかえり、ヒカリ」


そう言った父もヒカリを抱きしめる。

父の手の温もり、母のぬくもりが、光の心に安心感をもたらし、家族の絆を強く感じる瞬間だった。


その夜、母の手料理でお祝いをした。

ヒカリは初めて見る料理や、家族の笑顔に目を奪われる。

色とりどりの食べ物が皿に並び、温かな湯気が立ち上る様子が、彼女の目には新鮮で美しく映った。


「どう? ご飯、おいしい?」


母が優しく声をかける。

ヒカリは、その味をかみしめながら笑顔で頷いた。


「とてもおいしい……全部、きれい」


両親は、そんなヒカリを見つめながら、彼女がゲームの中で何を見て、何を感じたのかをそっと尋ねる。

ヒカリは、その日体験したすべてを興奮した様子で事細かに話し始めた。

仮想世界で出会った景色、戦ったモンスター、感じた達成感――すべてが素晴らしい体験だったのだろうと、両親は理解した。


話を聞き終えた両親は、ヒカリの成長を心から喜び、これからの彼女の未来に希望を抱いた。

彼らの視線には、これまで以上に強い絆と、明るい未来への期待が宿っている。

ヒカリはその眼差しに応えるように、未来を前向きに見つめ始めていた。

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