第13話



「お昼、うちで食べてく?」

 コンビニの店内のイートインスペースでラムネ色をしたアイスをかじりながら、類が言い出した。


「いいの?」

「貯金箱用の買い物、結局まだ行けてないし、お昼のあと行こうよ」

「なんかごめん……面倒なことに巻き込んじゃって」

 類はほぼ無関係なのに、結局午前中ずっと時間を使わせてしまった。

「家で一人でゲームしてるよりおもしろいから、全然いいよ。どうせ暇してたし」

 ニカッと笑う顔は、やっぱり昔の愁と雰囲気が似ていると思った。




 久しぶりに足を踏み入れたかつての自分の家は、懐かしさに溢れていて、それでいて、知らない家みたいだった。


「オレの部屋はここ」

 案内されたのはかつてのリンネの部屋……ではなく、階段を昇ってすぐのところにある、手前の部屋だった。リンネの部屋は、一番奥だった。


 ひとまず類の部屋を覗かせてもらう。

 手狭だが、この部屋には天井高まである備え付けの本棚がついている。

 かつては、リンネのパパの書斎だった部屋だ。

 重厚そうな古い木製の机が置いてあった場所にはいま、真新しい子供用の机が置かれている。

 リンネには理解できない専門書が置いてあった机の上。今は、夏休みの宿題のドリルが、キャラクター柄の筆箱とともに、無造作に置かれている。


「奥の部屋は……いま、どうなってるの?」

「奥の部屋? んー、そっちはいま、物置になってるよ」

 類はそちらも案内してくれた。 

 廊下の角を曲がると、突き当たりに部屋がある。

 ドアを開けると、明るい日差しが部屋に差し込んで、床に置いてある釣り道具などを照らしていた。

 釣り道具だけではなく、もう使うことのなさそうな幼児用の車やおもちゃ、冬服らしきものが詰められた衣装ケースが置いてあり、静かに埃をかぶっている。

 本当に、どこからどう見ても物置部屋だ。


「もしかしてここ、リンネちゃんの部屋だった?」

 呆然と立ち尽くしていると、類が聞いてきた。

「……うん」

 差し込む日差しは懐かしいけど、あの頃窓にかかっていたのはピンクのカーテンで、床には同じくピンクのカーペットが敷かれていた。

 子供机と本棚と、小さいタンス。タンスの上にはたくさんのぬいぐるみが置かれていた。

 それらはもう、ない。


「……小学校に上がる時さ、『こっちの方が日当たりがいいから、こっちを類の部屋にした方がいいんじゃないの?』ってママがパパに聞いてたことがあるんだけど、パパは『その部屋だけは絶対にだめだ』って言って譲らなかったんだよね。……パパは知ってたんだな。この部屋を使ってた女の子が死んだってこと」

「……そう、かもね……」

 死んだ子供が使っていた部屋を、自分の子供に使わせたくはない。親としては、当然の考えだろう。

「僕、化けて出たことなんて、一度もないのにね」

 ぎこちないながらも冗談を言って笑わせようとしたが、類は逆に真顔になった。

「リンネちゃん、不幸な死に方をしたのにすぐに成仏したなんて、めちゃくちゃいい子だな」

「そう、かな……?」

 未練ならたくさんあったはずだけど。

 死んだあとの記憶はないので、そのあたりはよくわからない。


「死んでも生まれ変わってまたみんなに会えるって、信じてたからかも」

 だってリンネの名前の由来は、輪廻転生という言葉だから。

 それは、子供じみた、根拠のない思い込みだったけど、事実、リンネは生まれ変わって凛音になった。


「いいなぁ」

「なにが?」

 羨ましそうな類の言葉に、凛音は首を傾げる。

「生まれ変わってでも会いたい、って思ってくれる友達がいるのって、すごいことじゃん?」

「……そうだね」

「凛音くん、万が一また死んでも、オレにも会いにきてくれよな」

「そうそう何度も死んでられないよ」

 くすくす笑っていたら、階下から、「ごはんできたわよーっ!」という声が響いてくる。


 お昼はそうめんで、凛音にはちょっと量が多かったけど、美味しかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る