第11話 破局 – 1
卒業式を数週間後に控え、学校の空気はのんびりとしたものになっていた。
クラスメイト達はあらかた受験がひと段落し、残り少なな中学校生活をいい思い出にできるよう、思い思いの過ごし方をしていた。
仲の良い友達との別れと、新たにはじまる生活への期待と興奮と不安が入り混じった不思議な時間。台風が来る天気予報を見ているような気分に似ていた。
みんなのように思い出つくりをするような気分には全くなれないでいたが、私もその時間の中にいた。
私は志望していた東京の高校に合格した。合格結果が出てからは多忙な毎日だった。
一度母と上京した。入学、入寮の手続きや身の回りのものを揃えるためだ。東京から戻ってからも、父と母と親戚を回り、上京の報告した。
遠く離れてしまう私との別れを惜しんでくれるクラスメイト達ともできるだけ同じ時間を過ごした。
もちろん、その中に真奈はいなかった。
神社で顔を合わせたのを最後に、真奈とは一度も目を合わせていない。
私は父を振り切れず、真奈の元に駆け寄らなかった。それは真奈よりも自分を選んだということだ。
冬休みが明けてすぐに真奈に謝りに行きたかったが、真奈の姿を目にすると足がすくんだ。
受け入れられるはずがないのだ。私は真奈を拒否した。真奈もそれを感じたはずだ。
真奈は私をこの世界にいなかったものと考えているだろう。当然だ。もう私を友達だとは思ってくれていないに違いない。
だが私は真奈と気持ちがすれ違ったまま卒業するのは心残りだった。
真奈との関わりを一度絶ってしまったが、神社で真奈と会ったときに、確かに私は自分の全てを投げ打とうとした。嫌で嫌で仕方ない自分が、あの日少しだけ自分のことを好きになれた時の気持ちを思い出せたのだ。
きっかけはやはり真奈だった。
私はまだ真奈をかけがえのない友達だと思っている。それを自分で再確認できた。
私は決意を固めた。真奈との約束を破るのだ。真奈に話しかけ、謝りたい。
謝ってどうにかなるとは思っていない。だが、このまま何もしなければ真奈との関係は終わってしまう。それならば真奈に嫌われるとしても、私は真奈へ謝罪の気持ちを伝えたかった。そして、できることなら友達でいたかった。
もちろん私のエゴだ。だけど私は自分の心のしこりの溶かし方を他に知らなかった。
真奈は一日の授業が終わるとすぐに荷物をまとめ、一人静かに教室を出ていく。
ある日、私は授業を終えると誰よりも先に校舎を出て校門に向けて走り、坂道を下った物陰に息を潜めた。
真奈を待ち伏せするためだ。
きっと真奈は人の目につく場所では私と話してくれない。真奈が前を通りかかったときに声を掛け、脇道に誘うのだ。
目の前の道を数人の生徒達が通り過ぎる。私は緊張で気を失いそうになっていた。血管がはじけ飛ぶほど、心臓の鼓動は言うことを聞かない。
多分真奈はもうすぐ現れる。どこで驚かされるかわかっているホラー映画みたい。もうすぐ、もうすぐ来る。落ち着け、私の心臓。
案の上、数分待つと真奈が目の前を通り過ぎて行った。いつも通り足音を立てないような、人の目に触れないような歩き方。
冷たい手で内臓を握られたような痛みが心に走った。真奈はずっとああいう歩き方をしてきたのだ。
「真奈」
後ろから声を掛ける。
真奈はうつむいた首を少し上げたが歩みを止めず進み続ける。
聞こえているはずだ。
「真奈、約束を破っているのはわかっている。ごめんなさい。でも、少し話したい」
真奈が立ち止まり振り返った。
私を見ながら私の何も見ていない。私を透かして遠くを見ているような、空虚な目。
挫けそうになる気持ちを何とか押し立てて、脇に逸れる道を促した。
真奈は私の後ろを付いて来る。この道を少し歩くと誰も寄り付かない空き地がある。昔は遊具が置かれていた小さな公園だったが、今ではブランコも滑り台も取り除かれ、資材置き場になったような場所だった。そこなら誰の目も届かない。
積み上げられた資材の陰になったところまで進み、私たちはそこで止まった。
真奈と向き合う。
真奈が私を見る視線はずっと変わらない。私を見ていない。
大きく深呼吸した。
大丈夫、私はちゃんと話せる。大丈夫。
「私、真奈に謝らなきゃいけない」
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