第8話 秘密 – 1

 真奈と真奈の家族は、3年前に私たちの住むこの町に引っ越してきた。真奈が小学校を卒業した直後くらいだ。

 それまでは海を挟んだ隣県に住んでいた。


 真奈には叔父がいた。その当時20代後半だったらしい。真奈の父親とは歳の離れた兄弟だったようだ。

 海外で賞を受けたこともある国内外で注目のプロカメラマンだった。


 その叔父が人を1人殺め、もう1人に身体に一生残る深い傷を負わせた。

 真奈が小学校の卒業をほんの数ヶ月後に控えたある冬の日だった。


 被害者は叔父の恋人の女性と、親友の男性。恋人の自宅での犯行だった。

 恋人は命を落とし、親友は事件の後、車椅子での生活を余儀なくされていた。

 真奈の叔父はその日のうちに、自ら命を絶っていた。


 真奈の叔父が罪を犯した動機について父は細かくは語らなかった。

 被害者である親友は、叔父がいきなり刃物で自分と女性を刺した、と言っていたらしい。


 親友はその県の人望ある政治家の息子だった。

 殺人犯の家族として周りから白い目で見られ、家の壁には人殺しと書かれたビラが貼られ、自宅の電話には死ねと罵る電話が鳴り続けた。全く聞いたことがない声だったこともあるし、どこかで聞いたことのある声もあった。夜には窓ガラスに石を投げられ割られることも一度や二度ではなかったようだ。


 事件の直後からマスコミが自宅前に群がり、家族は常にカメラに狙われた。

 警察は加害者の家族を守ってはくれない。

 真奈は家から一歩も外に出られなくなった。


 真奈の父親は信用金庫で働いていたが、職場にも嫌がらせの電話が来るようになった。仕事中にもカメラを抱えたマスコミが職場に押し寄せてくる。父親は仕事をすることが難しくなり、しばらくの間自宅待機を命じられた。


 小さな町で起こった、注目のプロカメラマンが起こした大きな事件は全国ニュースになり、しばらくの間世間を賑わせた。

 真奈たちに対する嫌がらせは拍車がかかり、夜になっても真奈の家の周りだけ祭りが開かれているかと思うほど人だかりができていた。


 真奈も真奈の家族も限界を迎えていた。


 真奈の家族はその土地に住めなくなり、その土地を離れることを決断した。夜逃げ同然の引越しだった。


 私の父は隣県の政治家の伝手からこの話を聞いていた。この町に越してきた吉野という男とその家族は、殺人犯の親類であると。


 真奈とその家族は、この町に越してきてからひっそりと目立たぬように暮らしていた。

 殺人犯の家族であることが人に知られないように。いつ自分たちに刃を向けてくるか分からない人間の恐ろしさに震えながら。



 語り終えた父の顔には、濃い疲労が滲んでいた。

 父の話を聞きながら、私はドラマの話でも聞かされているのではないかと思った。現実味のない話。

 でもそれが事実なんだとしたら、真奈は一体これまでどれだけつらい目に遭ってきたんだろう。想像するだけで気を失いそうだった。


 そして、父は真奈に追い討ちをかけようとしている。


「真奈の家のことは分かった。でもどうしてそれが私が真奈と友達を辞めなきゃいけない理由になるのよ」


 努めて冷静な声を演じた。答えは分かってる、私にだって。父の仕事を考えたら。


「さっきも伝えたね。お父さんはこの町のために、力を尽くしている。選挙を勝ち切るためには、お父さんの家族である静子にも協力してもらわなきゃならないことがある。

 お父さんのせいで、選挙に負けるようなことがあってはならないんだ」


「だからって、真奈が何かをした訳じゃない!」

 分かってるんだ。それは父も分かった上で言っている。


「その通りだよ。でも、お父さんはこの町のことも、静子とお母さんの人生も生活も守らなきゃならない」

 父の声は引き攣りを無理やりねじ伏せて上擦ったような音がした。


「そんなの、あんまりだよ。真奈が、あんまりだよ。お父さんは町のため、私たちのために真奈を見捨てろって私に言ってるんだよ?」

 それ以上、私は言葉が続けられなかった。


 父が深いため息をついた。

 私の言葉くらい予想していただろう。どう答えるか準備も考えていたはずだ。それでも父は顔に深い後悔の色を浮かべ、私の問いに答えはしなかった。


「話は終わりだ。

 静子を東京に行かせることを許した時にした約束を覚えているね? 家族に迷惑をかけないこと。

 それが守れないのなら、東京への進学の話はなしだ」

 父は立ち上がり部屋を出て行った。


「そんなの卑怯だよ! 卑怯だよ!」

 私の叫び声を背中に浴びながら。

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