第44話 魂の解放

「今の金色こんじきの竜!? もしやお主はゼラムファザードか?」

「何!? どうしてお前がゼラムのことを知ってるんだ?」

 ナファネスクは、ヴェラルドゥンガが壊神かいしん竜の名を知っていることに驚愕した。

「フフフ、そうか。そういうことか」

 ヴェラルドゥンガはいかにも楽しそうに笑い声を上げた。

「良いことを教えてやろう。汝がその魂に宿し獣霊はかつて我と冥邪めいじゃ天帝の座を争いし冥邪王なのだ!」


 言っている意味がよく呑み込めなかった。それと同時に、冥邪が獣霊になれるのか、という素朴な疑問が湧いた。ヴェラルドゥンガはさらに話と続けた。

「我とそやつは冥邪天帝の座を争って、幾度も激闘を繰り返した間柄でな。その結果、最後に勝利を掴んだのがこの我よ。無様に敗北を喫し、獄淵界ボラドゥーラにすら居場所を失ったそやつの成れの果てが、今の哀れな姿というわけだ。それから数千年の間、ずっと無疆むきょう獣気じゅうきに持ち主を探し続け、虎視眈々と我の命を狙っていたとは。これが笑わずにいられるか!」

 再びヴェラルドゥンガは高らかに大笑いした。


 今の話は真実なのだろう。それなら、壊神竜があれだけ冥邪に執着し、敵対視していたことにも合点がいく。

「残念だったな、無疆の獣気を持つ者よ。その獣霊では到底我には勝てぬ。瞬く間に始末してくれるわ!」

 鼻持ちならない物言いに、ナファネスクはむかっ腹が立った。

「好き勝手なことをほざいてくれるじゃねぇか! 俺とゼラムが組めば、向かうところ敵なしだってことを今から思い知らせてやるぜ!」


 ゼラムファザードはありったけの獣気を一気に放出した。そのまま三対六枚の翼を勢いよく羽ばたかせて飛ぶと、重量感のある双刃鎗そうじんそうでヴェラルドゥンガに斬りかかる。だが、桁外れの妖気を溜めた二叉の槍に防がれた。

「なんと生ぬるい攻撃よ。それくらいでたおされるほどやわではないわ!」

 声高に雄叫びを上げると、今度はヴェラルドゥンガの下半身の野獣が口から青い爆炎を吐き出した。慌てて上空へ舞い上がる。


【どうした? あの少女の魂を解放するのではなかったのか?】

「だから、今やってるだろ!」

【ならば、再びたがを外すのだ! そうせねば、あやつは斃せぬぞ!】

「それが、この前のときみたく上手くできねぇんだよ!」

 ナファネスクは正直な気持ちを口に出した。全ての冥邪どもを極滅ごくめつし尽くすほどの力の引き出し方がいまいち掴めなかった。


【今こそあの少女に対して抱いていた感情を全て呼び起こせ! お前にとってどれだけ大切な存在だったのかを心の底から思い返すのだ!】

 いつも以上に饒舌な壊神竜に驚いたが、ナファネスクはその言葉にありのままに従うことにした。カサレラに対する思いに身を馳せた。

 一心に恋焦がれた見目麗しい少女。これから先、もう二度とあれほど人を好きになることはないだろう。そう思えば思うほど、この一途な思いを無情にも踏みにじったヴェラルドゥンガを決して許すことはできなかった。


 沸々と憤怒と憎悪が自分の心に満ち満ちていくのを感じた。それを力の根源にして《哭天こくてんの魔神》に覚醒する。

「ウガァァァァ!」

 咆哮とともにゼラムファザードの獣気が桁違いに膨れ上がる。箍が外れた瞬間だった。

「ナファネスク様!」

 不意に背後から聞き慣れた声を耳にした。振り向くと、オルデンヴァルトとハバムドが駆けつけていた。


 嬉しいことに先ほどの別れは今生の別れではなかったのだ。しかも、二人ともほとんど無傷みたいで心から安堵した。

「二人とも今すぐここから離れろ! 悪いが、ハクニャも頼む!」

「ナファネスク様は?」

「俺はこいつをほふるだけだ!」

 ゼラムファザードの全身から溢れ出る獣気は以前のときより遥かに凌駕し、段違いに途轍と てつもなかった。このままヴェラルドゥンガに突撃すれば、間違いなく斃せるはずだ。


 ただ、全身鎧を身にまとっているとは言え、ナファネスク自身も無事では済まない。状況次第では、ここら辺一帯の地形にも多大な影響が及ぶかもしれなかった。それほどまでに爆発的な破壊力を持っていた。

「分かりました! ご武運を心から祈ってます!」

 意識の失ったハクニャを抱きかかえたオルデンヴァルトは、ハバムドとともにその場を後にした。ナファネスクを見捨てたわけではない。むしろ、その真逆だ。自分たちがいては全力を出しきれないと悟った上での賢明な判断だった。


「ヴェラルドゥンガ、どっちが上なのか、今すぐ思い知らせてやる!」

 ゼラムファザードは重量感のある双刃鎗を振り回して襲いかかった。

「小癪な! 返り討ちにしてくれる!」

 ヴェラルドゥンガも、出せる限りの妖気を二叉の槍に注ぎ込んで迎え撃つ。


 極限まで膨れ上がった獣気と妖気が激しくぶつかり合う。それによって生じた複数の竜巻が周囲を取り巻くように荒々しく吹き荒れる。


 お互いの力は拮抗していた。このままでは先に力尽きたほうが負ける。


(クソ! これが俺の限界なのか!?)

「ナファネスク!」

 不意にカサレラの呼ぶ声が聞こえてきた。すると、目の前に両腕を大きく広げたカサレラの幻影が現れた。

 その顔には今まで目にしたことのない至福の笑みを浮かべていた。ナファネスクが出会ってからずっと見たかった笑顔だった。


(そうだ! 今こそカサレラの魂を救い出してやるんだ! それができるのはあいつのことをこの世界の誰よりも好きになった俺しかいねぇんだ!)

 ナファネスクは今まで以上に力がどんどん湧いてくるのを感じた。その直後、微塵も勝利を疑わなかった。

「とっとと死にやがれ!」

 既に噴き上げる獣気は限界の域を超えていた。それを現すようにゼラムファザードの全身が神秘的な光に包み込まれる。


「そんな馬鹿な!? 我が、我が負けると言うのか――」

 それが一度は壊神竜をも捻じ伏せたヴェラルドゥンガの最後の言葉になった。獣気と妖気の押しつ押されつつの均衡を打ち破ると、重量感のある双刃鎗が一刀両断に斬り伏せたのだ。

 薄紫色の激しい血しぶきを噴き上げ、ヴェラルドゥンガが驚愕の表情のまま死に絶えた。


「やったぞ! 俺は勝ったんだ!」

 眩い光に包まれた全身が消えゆく中で、ナファネスクは歓喜の笑みを浮かべていた。


「さぁ、行こう! カサレラの元へ!」

 諸悪の元凶である冥邪天帝ヴェラルドゥンガはこの手で屠った。ナファネスクはもう自分の役目が終わったことを実感した。とても満足だった。

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