第42話 庭園に向かえ
秘密通路は幾つも枝分かれしていた。仮に一度でも道に迷ったりすると、元の地点に戻って来るまで相当苦労するに違いなかった。いや、戻って来られただけでも、まだマシなほうかもしれない。
この迷路の道順を唯一知るオルデンヴァルトの後を着いていくこと十五分ほど。行く先には何度目かの鉄製の長い縦梯子が上の階に向かって頑丈に固定されていた。
もし、今いる場所から先ほどの地下室まで戻れと言われても、とうの昔に道順が分からなくなっていた。もちろん、この切迫する状況下では秘密通路の道順の覚え方を訊くほど能天気な者はいない。
「ここを登ったら、謁見の間まではもうすぐです!」
道先案内人のオルデンヴァルトが自信を持って他の二人に言った。
梯子を上ると、迷路の終わりを告げるように秘密通路は一本しかなかった。通路の奥で一度右手に曲がって、さらに奥の突き当たりまで歩いたところでやっと出口にたどり着いたようだ。
謁見の間に繋がる隠し扉を開く前に、オルデンヴァルトはいきなり腰から下げていた長剣を抜いた。
「おそらく、謁見の間には帝国の皇帝がいるはずです。皇帝がいるなら、帝国の近衛兵たちもいるでしょう。さぁ、ナファネスク様、剣をお取りください!」
言われたとおり、向こう見ずな少年は王家伝来の宝剣を抜いた。ハバムドも大剣を構える。
「では、扉を開けます!」
オルデンヴァルトはまた右側の壁を押した。すると、仕掛けが作動して、目の前の隠し扉が上昇していく。
まだ半分ぐらいまでしか開いてないうちに、三人は一斉に謁見の間になだれ込んだ。
すぐ攻撃できるように身構えながら壁を背にして周囲を見渡した。だが、皇帝も宮廷魔導師カシュナータの姿もなかった。一人として帝国兵もいない。
「少しばかり遅かったか! 皇帝たちはカサレラを連れて、庭園に向かったはず。こうしてはいられません。急ぎましょう!」
無人の謁見の間を出ようとしたとき、ハバムドが「ちょっと待った!」と残りの二人を呼び止めた。
「あそこを見ろ!」
ハバムドの指さす先に隊列を組んで城内を巡回する帝国の警備兵たちの姿があった。全員が物々しい重装備で身を固めている。
「ここは俺が囮になる! 二人は周囲の帝国兵を引きつけている間に庭園に急げ!」
それだけ言い残すと、粗暴な獣人は誰の許可も得ないまま帝国の警備兵の隊列に向かって駆け出していた。
「帝国兵ども、この大剣で切り刻んでやるわ!」
隠密裏に動いているにも拘わらず、ハバムドの荒々しい大声が周囲に轟いた。自ずと注目が集まる。
「なんだ、あの獣人は!? どうやってこの城に侵入したんだ?」
先頭を歩いていた帝国の警備兵が驚愕したような声を上げた。
「だが、単騎で現れるとは笑止千万! 全員かかれ!」
隣にいた警備兵が号令をかける。ところが、呆気なくハバムドの大剣の餌食になった。そのまま次から次へと帝国兵を斬り殺していく。
「さぁ、ナファネスク様、今のうちに腰を低くして俺に着いてきてください!」
オルデンヴァルトは俊敏な動きでほとんど足音を立てずに通路を突き進む。ナファネスクもできる限りそれに
今や城内はハバムドの存在で慌ただしくなっていた。
(死ぬなよ! ハバムド!)
ここでの囮は一つ間違えば死んでもおかしくない。それでも、ナファネスクは誰一人として死んでほしくなかった。
「庭園まで後残り僅かです! さぁ、急ぎましょう!」
そう言ってオルデンヴァルトが右手の通路に曲がったとき、まだ距離的には遠く離れているものの、反対側から向かって来る帝国の警備兵たちの姿が見えた。
「ここは俺が防ぎ切ります! ナファネスク様はあそこの通路を左に曲がって、階段を降りてください。そうすれば、庭園までは目と鼻の先です! それでは!」
それだけ言い残すと、聡明な元騎士は目の前の帝国兵に猛進していく。
「おい、ここにも侵入者がいるぞ! 誰一人として、生きて返すな!」
今度はオルデンヴァルトに帝国の警備兵たちが襲いかかる。その姿を見て、ナファネスクは一緒に戦うべきかどうか迷った。
ただの帝国兵にオルデンヴァルトが
(大切な仲間を見殺しにしてカサレラを助け出したところで、あいつはそんな俺を心から受け入れてくれるだろうか――)
ただ、この場で少しでも手間取れば、新手の帝国兵たちが集結し、群れとなって押し寄せてくるだろう。そうなってはせっかく囮を買って出てくれた二人に申し訳が立たない。
さらにナファネスクは一つだけ気になることがあった。《
「すまない、オルデンヴァルト!」
申し訳なさそうにナファネスクは庭園に向かうことにした。カサレラと仲間たちとを天秤にかけて、カサレラの救出を優先した。
(オルデンヴァルト、ハバムト、俺を恨むなら恨んでくれて構わない!)
「おい、一人逃げたぞ! 誰か捕まえろ!」
どこからか帝国兵の叫び声が聞こえてきた。
(待っていろ、カサレラ! 今すぐ助けに行くからな!)
ナファネスクは急ぎ足で階段を降りていった。ところが、階下にも帝国の警備兵たちが待ち構えていた。そう簡単に進ませてはくれないようだ。
「お前ら、そこをどきやがれ!」
剣術は父親代わりのエゼルベルクに嫌というほど叩き込まれた。相手が鍛錬を積んだ兵隊であっても、負ける気はしなかった。何しろ五大英雄神の直伝なのだから。
剣術の他にも棒術、弓術を含めてありとあらゆる武器の扱い方を習った。だから、剣以外の武器で戦うことになっても、互角以上に渡り合える自信があった。
現に、馴染みのない
そんな中、戦いの場において最も扱う頻度の高い剣術の稽古はほぼ毎日のようにみっちりと修練させられた。まさに鬼のしごきだった。その結果、現在では《無敗の闘神》の異名を持つエゼルベルクを相手に、十本の手合わせで一本は取れるまでに成長した。
王家伝来の宝剣の切れ味も凄まじく、交える敵の剣を折ってしまうほどの威力があった。
重装備の鎧もいとも簡単に貫いていく。さらに死に物狂いで斬撃を繰り出すナファネスクの鬼気迫る猛者ぶりに帝国の警備兵たちは次第に怖気づいていった。中には命乞いをする者まで現れたが、容赦しなかった。
多勢に無勢だった劣勢を見事に覆したナファネスクは、大して時間を労せずに帝国兵たちの一掃に成功した。しかも、ここに増援の帝国兵がやって来る気配もない。
ナファネスクはなりふり構わず駆け出した。すると、少し先に広大な庭園が見えた。
かつては華やかで美しかったはずの庭園は今や見る影もなかった。
滅亡させた国の居城だったせいもあるのか、美しく彩っていた花々は全て枯れ果て、木々は無造作になぎ倒されていた。
冥邪どもを従えて戦うベネティクス帝国の支配下に置かれた場所がどういう目に遭うのかを現してるようにも思えた。
その廃園と化した庭園に可憐な姿のままのカサレラは立っていた。ようやく再会を果たしたのだ。
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