第41話 転移の瞬間
ナファネスクたちは《
大人が五、六人乗れる五角形の台から古代魔術文字が刻まれた五本の太い柱が伸び、先端の尖った屋根を支えていた。おそらくだが、古代の偉大な魔導師たちの指示の下、何年がかりで
ナルーガ族の長老たちは滅亡したソルメキア王国の王子であるナファネスクの勇ましい姿を見るなり、全員が平伏した。それから、ハバムドのこれ以上の横暴を止めてくれことに心から謝意を示した。
ナファネスクにしてみれば、ハバムドを立ち直らせたのは自分がしたことではなかったので素直には喜べなかった。それよりも、《異空間転移の門》を使用する許可が満場一致で得られたほうが喜ばしかった。
装置を動かす台にはナファネスク、オルデンヴァルト、ハバムドと
ハバムドがナルーガ族の長だけが知っている秘密の暗号を入力しようとした。ちょうどそのときだ。ナファネスクの耳にカサレラの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「今の声はカサレラ――!?」
間違いなく自分に助けを求める声だった。もしかしたら、今まさに危機的状況に陥っているかもしれない。そんな不安に襲われた。
「どうかされましたか? ナファネスク様」
「い、いや、別に何でもねぇよ。それより、ハバムド。もう行けそうなのか?」
一秒でも早くカサレラを助け出したいと焦る気持ちを悟られないようにオルデンヴァルトの問いにそつなく答える。それから、ハバムドに訊いた。
「今入力し終わったところだぜ! 全員、衝撃に備えろよ!」
低い駆動音が鳴り響き、突然青白い光が装置を丸ごと包み込んだ。所々でバチバチと放電が起こる。その直後、転移が起きた。
周囲は漆黒の闇に包まれていた。そんな中、一条の大きな光の中に浮いていた。
上下左右の位置が全く掴めず、体勢を上手く保つことができない。オルデンヴァルト以外の全員が同様に宙に浮いた状態に戸惑っているようだ。いくら体を動かしても何一つ状況は変化しなかった。そのまま一方方向に体を持っていかれた。
何一つ身動きが取れず、声すら発せない。
いつまでこの状態が続くのか分からないまま、ちょっとした不安が
(本当にこれで大丈夫なんだろうな?)
万が一転移に失敗していたら、全てがここで終わってしまう。笑い話にすらならない。
時間の感覚も麻痺したまま、焦燥感だけがじわりじわりと募っていく。ただ、それも一瞬の出来事だった。
流されている方角から激しく光り輝く空間が垣間見えたと思った瞬間、《異空間転移の門》の低い駆動音が聞こえてきた。
しっかりと地面に足が着いている感覚が戻るのと同時に、再び青白い光が異様な装置全体を覆い尽くした。
バチバチという放電が収まると、光が消え去り、周囲は漆黒の暗闇に覆われた。それこそがここが先ほどまでいた場所とは別の場所だということを物語っていた。転移は無事に成功したのだ。
「今、明かりをつけます」
オルデンヴァルトは腰帯に隠し持っていた松明に火を灯した。すると、周囲には全く違った風景が広がっていた。
白亜の壁に囲まれた正方形の空間だ。だが、扉らしきものは見当たらなかった。
「着きました。ここが王城エスカトロン城の地下にある隠し部屋です」
話しながら、オルデンヴァルトは俊敏な動きで壁に取り付けられた燭台の蝋燭に火をくべていく。
全員が小さな小部屋の中にいた。
「おい、扉らしきものが見当たらねぇぞ」
向こう見ずな少年の言うとおり、周囲に扉はなかった。
「ナファネスク様、心配は御無用です。ここは仕掛け扉になっています」
この場所を熟知しているオルデンヴァルトが答えた。それから、ある壁の前に立つ。
「いいですか。この扉の先には謁見の間に通じる秘密通路があります。少し迷路になっているので、俺の後ろをしっかりと着いてきてください。では、扉を開けます」
オルデンヴァルトは右側の壁の一部を押した。すると、仕掛けが作動して、ただの壁にしか見えなかった部分がゆっくりと上昇していく。
仕掛け扉が開くと、目の前には大人一人が通れるほどの通路が現れた。何か特殊な魔術でも施してあるのか、通路は松明が要らないほど明るく照らされていた。
「では、行きますよ!」
不要になった松明の火を消して、オルデンヴァルトは足早に歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます