第5章 果たすべき約束
第38話 獣人の住む森の中へ
時刻は後もう少しで正午に差しかかろうとしていた。朝ご飯を食べ終えた二人はしゃにむに目的地に向かっていた。
日の光が照りつける中、ナファネスクは
ホーテンショーにすれば、全速力には程遠い。後ろから追いかけてくるオルデンヴァルトに合わせている感じだ。オルデンヴァルトも今は一頭の馬に
カサレラが連れ去られた今、荷馬車でゆったりと行くわけにはいかない。そこで、四頭の中から一番威勢のいい馬以外を野に解き放ち、万一に備えて用意しておいた
二人が進む地面にはずっと見慣れていた土の露出した道はなかった。この辺りはもはや人の行き来がない危険な場所なのだ。
「ナファネスク様、そこでお止まりください!」
二馬身ぐらい後方からオルデンヴァルトの呼ぶ声が聞こえた。
ナファネスクは手綱を上手く操り、ホーテンショーを休ませる。少しして、やっとのことで追いついた聡明な元騎士も馬を止めた。馬は相当苦しそうだ。
「ここから森に入ります」
オルデンヴァルトの指差す先には、少し森林を伐採したような形跡が見られた。どことなく隠された道のように見えなくもない。
「それと、これから先は歩いて行きます」
「ああ、分かった」
気高い一角獣から降りると、ナファネスクは鐙を外してやった。
「ホーテンショー、今まで本当にありがとな! 短い旅だったが、父さんの形見であるお前と出会えてとても楽しかった! これからは自由に生きろよ!」
主との別れを悟ったのだろうか、一角獣は寂しそうに近寄ってきた。地面に飛び降りた
少しの間、ナファネスクは愛馬だった一角獣の顔を強く抱きしめた。次いで、森の入り口で待つオルデンヴァルトの元へと歩いて行った。ハクニャとともに。
森の中は背の高い木々の葉に覆われて、薄っすらと暗かった。だが、ランタンをつけるほどでもない。
(この道の先にエスカトロン城に通じる装置があるんだな。カサレラ、もうちょっとだけ辛抱しててくれ! 絶対にお前を助け出してやるからな!)
誓いを違えるつもりなど更々ない。必ず
背の高い木々に覆われた道を進むと、少し広々とした空間に出た。
突如ハクニャが二人の前に飛び出した。周囲を警戒するように激しく毛を逆立てて唸り声を上げる。そのときになって、見知らぬ集団が周囲の草木に身を潜めていることに気付かされた。
「今だ! 一斉に射ろ!」
その号令とともに、無数の矢がナファネスクたちに襲いかかった。
「何者だ、お前ら!」
すかさず王家伝来の宝剣を抜いたナファネスクは幾つもの矢を払い落としながら怒鳴り声を上げた。弓矢を使う以上、冥邪の可能性は低い。
「おい、待ってくれ! 俺だ! オルデンヴァルトだ!」
剣で矢を払いのけると、オルデンヴァルトは自分の身を晒して一歩前に出た。襲撃して来た相手を知っているような口振りだ。
「オルデンヴァルトだと!? お前ら、すぐに射るのを止めろ! そいつらは敵じゃねぇ!」
荒々しい声が轟くのと同時に、降りかかる矢の雨はピタリと止んだ。少しすると、人間とは異なる姿の者たちが周囲から姿を現した。
並みの人間より格段に背が高く、
「こいつら、獣人か!?」
ずっと農村で生きてきたナファネスクは半人半獣の獣人を見たことがなかった。
「そうです、ナファネスク様。彼らは《
何の
(そういうことは最初に教えとけよな!)
口には出さなかったが、内心不満は
「オルデンヴァルト、少しばかり会わないうちに随分と老けちまったみてぇだな! 一目じゃ分からなかったぜ!」
先ほどの声の主が近寄って来た。話し方は無礼だが、勇猛さを感じさせる獣人だ。
「お前は相変わらずだな、ハバムド。もう二百歳にはなったのか?」
「おうよ! これで、やっと俺様も大人の仲間入りを果たしたぜ!」
ハバムドは自信満々に胸を張る。
「懐かしの再会の途中で悪いんだけどよ。俺らは今先を急いでるんだ」
ナファネスクはもどかしさを剥き出しにして二人の会話に割って入る。装置がある場所さえ分かれば、一人で向かっているところだ。
「これは申し訳ありません。今は思い出話を語っている場合ではなかったですね。さぁ、早く《異空間転移の門》に向かいましょう!」
オルデンヴァルトも事態の重要性を認識し直したようだ。
「ちょっと待てよ! 何なんだ、この憎たらしいガキは?」
急にハバムドが不機嫌さを露骨に出した。
「控えろ、ハバムド! この方は滅亡したアルメスト王国の王子、ナファネスク様だ!」
「おい、嘘だろ!? この生意気なガキがバルドレイア帝国から逃げ延びた王子だとでも言うのかよ!?」
粗暴な獣人は面食らった顔をする。
「生意気だけ余計だ! ほら、早く行くぞ!」
再び口を挟んだ。これ以上は我慢の限界だった。
「ナファネスク様、もう少しだけお待ちを! まずは守り人である族長に会って、装置の使用許可をもらう必要があります」
「使用許可だと。そんなかったるいことなんか省いちまえ! 今の俺らに一秒たりとも余分な時間はないんだぞ!」
危機感から口調が荒々しくなる自分を感じた。今この瞬間にもカサレラの身に危険が及んでいるかもしれないのだ。
「それは十二分に分かっています。ただ、《異空間転移の門》は族長しか知らない秘密の暗号を教えてもらわないと動かせないんです」
「チッ、面倒なこった! なるべく早く済ませろよな!」
ナファネスクはあからさまに舌打ちをした。刻一刻と過ぎていく一分一秒の大切さを本当に分かっているのか、疑問に思わずにはいられなかった。
「分かりました。ドルガガという者が族長をしてまして。おそらく、奥の長老たちのところにでもいるのでしょう」
「ドルガガならとっくに死んだぜ!」
ハバムドのその一言が、二人の動きを強引に引き止めた。
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