第37話 ただ突き進むのみ

 幻獣騎兵ポルタビオーネスアシュトロアと冥邪めいじゃ王エラゾルベも熾烈な激闘を繰り広げていた。

 二ちょうの弩を駆使して、アシュトロアはありとあらゆる攻撃を仕掛かけていた。それとは全く対照的に、エラゾルベが全身から膨大な妖気を放出させてから、電光石火の速さで突進攻撃をかましていた。


 エラゾルベの突撃を紙一重でかわすものの、あまりに途轍と てつもない速さに一回も獣気の矢は命中しなかった。オルデンヴァルトは第一線を退いてからブランクがあるとは言っても、超一流の狩人である。そろそろ敵の動きも見慣れてきていた。


 アシュトロアは無駄に獣気の矢を撃つのを止めると、一気に溢れんばかりの獣気を二挺の弩に溜めて圧縮させた。そのまま空飛ぶ蛇王の出方を待つ。


 エラゾルベにしても、予想外の状況に違いない。本来なら最初の突進攻撃で敵を食い殺していたはずだからだ。全身全霊の妖気を放った突撃は一撃必中であり、何度も酷使できる技ではないと聡明な元騎士は推察した。


 一瞬、エラゾルベは動きを止めた。消耗した妖気を回復しているようでもあった。

「どうした? そろそろ体力も限界に達したようだな?」

 オルデンヴァルトは軽く挑発する。まだ同じ攻撃を続けさせるために。

「黙れ、獣霊使いドマドール! この我を見下した口振り、決して許さぬぞ!」

 今の状態を見抜かれた気がしたのか、空飛ぶ蛇王は逆上する。すかさず極限まで妖気を解き放った。次の全身全霊の一撃で必ず仕留める覚悟のようだ。


「この一撃で始末してやる! 我の逆鱗に触れたことをあの世で悔いるがいい!」

 エラゾルベが突進攻撃に入る直前にアシュトロアは両腕を前に真っすぐ伸ばし、二挺の弩を構えた。そのまま疾風迅雷の速さで襲い来るエラゾルベの頭部に照準を合わせ、引き金を引く。


 ほんの僅かな差だった。後一瞬遅かったら、アシュトロアは粉々に食い殺されていたに違いない。それでも、先に二本の獣気の矢がエラゾルベの頭を完璧に撃ち抜いていた。

 薄紫色の血を垂れ流して大きく後ろにのけ反ると、力尽きたエラゾルベはゆっくりと地面に落下していく。羽をもがれた鳥のように。

 二体の冥邪王は斃した。だが、肝心のカサレラは連れ去られてしまった。


 獣霊降臨ペンテコステスを解いたナファネスクは地面に崩れ落ちた。無疆の獣気を解放した代償だった。

「ナファネスク様、大丈夫ですか?」

「俺の心配なんてどうだっていい! それより、今すぐ出発するぞ!」

 力を奮い起こして立ち上がったナファネスクはすぐに愛馬ホーテンショーを呼び寄せようと風変わりな笛を吹こうとした。その手をオルデンヴァルトが強い力で掴み上げる。


「その前に食事を取りましょう。俺たちはまだ朝から何も食べてませんから」

「何を暢気なことを言ってやがる! そもそも、あのときに後を追おうとした俺をお前が制止しなければ、カサレラは連れ去られなったんだぞ!」

 悔やんでも悔やみきれない後悔の念から怒りをぶつける。無論、オルデンヴァルトの忠告に従ったナファネスクにも責任はあった。元をたどれば、カサレラが河原に行った原因は昨晩の出来事のせいなのだ。


「確かに、あれは俺の落ち度です。申し訳ありません。でも、こうなった以上は今精をつけておかないと、後で体力が持ちませんよ」

 オルデンヴァルトも自責の念に駆られているようだ。それでも、計画変更を余儀なくされた以上、気持ちを切り替えて話を続ける。

「俺たちにはもう猶予はありません。ここからは強行軍で行きます。もしかすると、これから先ずっと何も食べられないかもしれません。もし、大事な局面で力が出なければ、助けられる者も助けられないでしょう。俺が何を言いたいのか分かってくれましたか?」


「……ああ、とにかく飯を食えばいいんだろ! 早く野営地まで戻るぞ!」

 ナファネスクはこれ以上オルデンヴァルトのことを責めなかった。いや、責められなかったと言ったほうが正しい。

(俺のカサレラに対する思いが全ての悪運を招いたんじゃねぇか!)

 ナファネスクは誰にも向けられない激しい怒りを押し殺しながら野営地へと引き返した。


 どんなことがあろうと、カサレラを絶対に帝国の魔手から守り切るという揺るぎない誓いを違えてしまった自分を恨めしく責めながら――。

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