第36話 箍を外すとき

 少しの間、二体の幻獣騎兵ポルタビオーネス冥邪めいじゃ王たちは互いに牽制しあっていた。猛烈な闘争本能のせめぎ合いが続く中、まず動き出したのは冥邪王のアブゾルドだ。

 突然四つの厳めしい手甲の先端から途方もない長さの妖気の剣が出現する。


「では、行くぞ!」

 四枚の翼で力強く羽ばたかせ、驚くべき速さでゼラムファザードに急接近すると、そのまま荒ぶるような剣さばきで斬りかかった。

(なんて速さだ!?)


 ゼラムファザードは双刃鎗そうじんそうで受け流そうとどうにか踏ん張った。だが、持ち堪えられたのは三撃目までだった。最後の斬撃が双刃鎗に当たった直後、あまりの威力にゼラムファザードは吹き飛ばされて、地面に激突する。


 ナファネスクの全身に激しい鈍痛が走る。ただ、全身鎧に身を守られたおかげで骨には問題ないようだ。

「クソ! よくもやってくれたな!」

 残念ながら、それ以上文句を言える状況ではなかった。アブゾルドが一気に詰め寄り、追い討ちをかけてきたからだ。瞬く間に四本の妖気の剣が振り下ろされる。


 さすがに、これは避けるしかなかった。急いで起き上がったゼラムファザードは六枚の翼で上空に逃げ去った。一瞬遅れて全ての妖気の剣が荒々しく大地を寸断する。そこに僅かな隙が生じた。

「この一撃を喰らいやがれ!」

 今しか反撃の機会はない。そんな焦燥感に駆られながらゼラムファザードは出せる限りの獣気じゅうきを双刃鎗に注ぎ込み、アブゾルドに放った。ところが、渾身の一撃だった獣気波は四本の妖気の剣に受け流されてしまった。


「嘘だろ!?」

 それ以上言葉が出なかった。こうも簡単に防がれるとは思ってもみなかった。

「これが汝の本気か? 我をあまり失望させるなよ」

(冥邪のくせして好き勝手に言ってくれるじゃねぇか! 俺の本当の力はまだこんなものじゃないはずだ! それを思い知らせてやるぜ!)

 形勢的に不利ではあるが、まだ負けたたわけではない。ナファネスクは自分の胸にそう言い聞かせた。


 アブゾルドは四枚の翼を旋風が巻き起こるほど羽ばたかせ、上空に舞い上がった。すかさず驚異的な速度で突進してきた。息つく暇もなく、もう一度四本の妖気の剣による乱暴な連撃が繰り出される。ゼラムファザードは死力を尽くし、全ての攻撃を双刃鎗で防ぎ切った。


(よし! 全て止めてやったぜ!)

 そこでナファネスクは安堵の息を漏らした。その一瞬の隙を見逃さず、アブゾルドの強烈な蹴りがゼラムファザードの胴体を突き飛ばした。体勢を大きく崩したところに、今度は四本の妖気の剣が一斉に振り下ろされた。もはや双刃鎗で耐え凌ぐしかなかった。


 獣気と妖気が激しくぶつかり合う中、またもや膂力で圧倒されたゼラムファザードは物凄い勢いで頭から地面に落下する。

 勢いよく地面に激突した瞬間、軽い脳震盪のうしんとうを起こしたナファネスクの脳裏に敗北の二文字が浮かんだ。


【不甲斐ない有様だな。そんな弱々しい力であの少女を救い出せると思っているのか?】

 ナファネスクの脳に直接壊神かいしん竜の低い声が伝わってきた。

(そうだ! 俺はこんなところでくたばっていられねぇんだ! カサレラを早く助けねぇと!)

 それでも、天賦てんぷの戦いの才を持つ冥邪王に勝てる秘策は見出せない。アブゾルドも絶対的な勝利を確信したように地面に降り立った。


【あの少女を本気で助けたいと思うのなら、今こそたがを外すときだ! 無疆むきょうの獣気を思う存分解き放て!】

「箍を外す?」

【もっと怒れ! もっと憎め! 目の前に立ちふさがる全ての存在も の 極滅ごくめつし尽くすのだ!】

 壊神竜の言葉に、ナファネスクは何か未知なる力が溢れ出してくるのを感じた。

(俺はあいつを絶対に守ってやるって誓ったんだ! あいつを救い出せるなら、俺は何にでもなってやる! それが例え《哭天こくてんの魔神》であろうとも!)


 次の瞬間、立ち上がったゼラムファザードは真の覚醒を遂げた。

「ウガァァァァ!」

 もはや叫び声というより、何かの咆哮に似ていた。その直後、ゼラムファザードから今までとは桁外れの獣気は噴き上がる。あまりの変貌ぶりに、止めを刺しにやって来たアブゾルドも足を止めた。

「ほう、ようやくやる気になったようだな」

 とても楽しそうに口を開くと、天賦の戦いの才を持つ冥邪王は改めて四本の妖気の剣を構え直した。


「さぁ、我に見せてみよ! 汝の真の力を!」

 アブゾルドはまたもや全ての妖気の剣で一斉に斬りかかった。ゼラムファザードも双刃鎗を素早く薙ぎ払った。

 またもやありったけの獣気と妖気が猛然と激突する。すると、先ほどまでとは真逆のことが起こった。

 双刃鎗が四本の妖気の剣を呆気ないほど易々と弾き返したのだ。思いも寄らない状況に直面したアブゾルドは驚きの表情を隠せないままよろめいた。この千載一遇の機会を見逃す気は更々なかった。


「いい加減消え失せな!」

 ゼラムファザードは重量感のある双刃鎗の片方の剣でアブゾルドを突き刺した。鋭い剣先は鎧を貫いて背中まで突き抜け、大量の薄紫色の血しぶきを上げた。

「見事だ……」

 双刃鎗の剣を伝って血がしたたり落ちる中、アブゾルドはそれだけ言い残して死に絶えた。


 全身に大量の返り血を浴びながら、双刃鎗を引き抜く。

「俺は勝ったのか……」

 今まで悪戦苦闘していたとは思えない展開に、ナファネスクは自分の力ではないような信じ難い感覚に襲われた。だが、まだ戦いは終わったわけではない。

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