第32話 襲われたキャラバン隊

 時刻は正午を少し過ぎていた。雲間から日の光が射し込む中、時折爽やかな風が吹き抜けていった。

 ナファネスクたちは野営するための品物を荷台に乗せた後、次なる目的地に向かってすぐにロマルコルテの街を出た。


 無駄に長居すれば、前回のウールジークの街で起こった災難の火の粉がまた降りかからないとも限らない。そうなれば、カサレラにまた嫌な思いをさせることになる。

 荷馬車から愛馬である一角獣ウニコルニオのホーテンショーに乗り移ったナファネスクは、右手で持っていた細長いパンの最後の一口を頬張った。それが今日の昼ご飯だった。


 オルデンヴァルトはこうなることを想定して、食料は多めに買っておいたと言っていた。

 土が露出した道はずっと続いていた。道があるなら、これから行く先にはまた別の街があるはずだ。だが、そこには立ち寄らないらしい。

 この旅の目的が冥邪めいじゃ天帝ヴェラルドゥンガの顕現けんげんを防ぐことである以上、早く終わらせるに越したことはなかった。ただそれ以外にも、オルデンヴァルトには旅を急ぐ理由があった。


 ナファネスクたちは既に二回も冥邪王をたおしていた。帝国も今度は何らかの策を講じてくるに違いない。大願成就させるためならば、手段はいとわないはずだ。要するに、帝国の手先を斃せば斃すほどどんどん戦いは苦しいものになっていく。そう判断したのだ。


 しばらくすると、行く先を大きな川が流れていた。仕方なく、ナファネスクたちは橋を探しながら方向を変える。さらに少し進んで行くと、視界の先に大きなキャラバン隊が見えてきた。

 様子が少し変だとナファネスクは直観で感じた。キャラバン隊はこんな場所で止まっているようだった。近づいて行くにつれ、男女の叫び声が聞こえてきた。

「今のは悲鳴じゃないのか? なぁ、お前らも聞こえただろ? 急いで駆けつけるぞ!」


 危機感から荒々しく声を張り上げると、ホーテンショーの手綱を強く引いて疾駆させる。

「ナファネスク様、お一人では危険です!」

 背後からオルデンヴァルトの声が聞こえたが、ナファネスクが止まることはなかった。

 大量の品物を積んだ複数の荷馬車に近づくにつれ、周囲の惨状が見えてきた。


 普通の大人よりも頭一つ分ほど大きな半魚人のような姿の冥邪がもりのような投げ槍で次々と人を突き刺していた。女や子供を問わずに。しかも、殺した人間の肉を食べているものもいた。

「お、おい、助けてくれ……」

 地面を這いずりながら、片足に傷を負ったキャラバン隊の用心棒らしき男が苦しそうな顔でナファネスクを見上げていた。次の瞬間、その男の背中を投げ槍が貫通した。血しぶきが飛び散る中、用心棒らしき男は口から血を流しながら息絶えた。


「クソ! 絶対に許せさねぇぞ、冥邪ども!」

 すかさずホーテンショーが飛び降りると、ナファネスクは憤激を露わにした。

「ゼラム、今すぐ獣霊降臨ペンテコステスだ!」

【そこまでする必要はない。あれくらいの下等な冥邪など武器召喚デスペルタルで済ませろ】

 冥邪となると目の色を変える壊神かいしん竜らしくない言葉が脳に響いてきた。

「武器召喚?」

 ナファネスクが問い返す間もなく、右手に重量感のある双刃鎗そうじんそうが現れた。


「これさえありゃ、十分だ! 冥邪どもを残らずぶった斬ってやるぜ!」

「ナファネスク様!」

 オルデンヴァルトの操る荷馬車が追いついてきた。素早く御者台から降りると、その手には幻獣騎兵ポルタビオーネスのときに使う弩が一ちょうずつ握られていた。


「あれはラダゴンという冥邪で、俺たちを川に引きずり込もうとします。それと、あいつらの目には十分に注意してください!」

 ナファネスクに近づくと、オルデンヴァルトはこの冥邪に関する知識を伝えた。

「分かったよ! 要はとっとと叩きのめせばいいってことだろ!」


 だが、時既に遅かった。ラダゴンどもはキャバラン隊にいた人たちを皆殺しにしてしまったようだ。

 新たな獲物を見つけたようにナファネスクたちにぞろぞろと集まってくる。

 冥邪の数は全部で十体ほど。その上、ラダゴンの口から吐き出す瘴気しょうきによって、冥邪きに変貌した人々が腐臭を漂わせながら餌を探して彷徨さまよっていた。


「こんな奴ら、俺らにかかればわけねぇぜ! 行くぞ!」

 ナファネスクは左端にいる二体に狙いを定めて駆け出した。それに対して、ラダゴンどもは同時に銛に似た形の槍を投げてくる。

「そんなの喰らうかよ!」

 獣気じゅうきを帯びた双刃鎗を軽々と回転させて銛を弾き返すと、ナファネスクは俊敏な動きで一足飛びに跳躍した。そのまま両手を使って双刃鎗を力いっぱいに薙ぎ払う。


 二体のラダゴンは薄紫色の血を大量に噴き上げて、横一線に斬り殺された。

「ざまぁ見やがれ!」

 余裕の笑みを浮かべたものの、すぐに右手から妖気を感じ取った。振り向くと、近くにいたラダゴンの口から妖気の玉が吐き出されようとしていた。ところが、寸前で獣気の矢によって頭部が呆気なく吹き飛ばされる。さらにオルデンヴァルトのもう一挺の弩から放たれた獣気の矢が別のラダゴンの胴体を撃ち抜く。残るは六体。


「まだ敵のほうが多勢です! 気を抜かないでください!」

 確かに、不注意だった。ナファネスクは素直に忠告を受け入れた。


 次の獲物を見定めているときだ。ある荷馬車の上に乗ったまま、微動だにしないラダゴンがいた。ナファネスクはあれが親玉だと確信した。

 群れをなす生き物は頼りになるリーダーを失うと自然と瓦解するものだ。次にほふる獲物には持って来いだった。


 すると、ナファネスクはラダゴンの親玉と視線がぶつかった。まるでそれを待っていたかのようにじっと見つめている。

「ナファネスク様、その目を見てはダメです!」


 オルデンヴァルトの警告は一瞬遅かった。その前に、ラダゴンの親玉の両方の目がまばゆい光を発したからだ。それをまともに見てしまったナファネスクは周囲の視界がぼやけ、眩暈めまいで頭がクラクラした。

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