第31話 街のならず者たち
街の門を通過する前に、ナファネスクは前のときと同じく目立つ
ロマルコルテの街に入ると、一目散に商店が密集する広場に向かった。この街には買い物をするために立ち寄っただけだからだ。泊まる気もなかった。
「よしよし」
オルデンヴァルトは広場の手前で荷馬車を止めた。そのまま御者台を降りる。
「俺はこれから野宿に必要なものを買い揃えに行ってきます。その間、二人は馬車で待っててください」
それだけ言い残すと、オルデンヴァルトは足早に買い出しに向かった。その後ろ姿を見送りながら、留守番を任された二人はぎこちなさそうにしていた。
二人きりになった途端、張り詰めた空気が漂い始めた。
(何をそわそわしてるんだよ! ちょっとばかり前に戻っただけじゃねぇか!)
ナファネスクは何か話題を探そうと一生懸命脳みそを働かせた。とは言っても、今まで嫌な目に合わされてきたカサレラになんて話しかけるべきか迷った。
「あのさ、お前、花は好きか?」
「は? いきなり何よ、それ?」
突然の問いかけにカサレラは呆気にとられた顔を見せた。
ナファネスク本人も素っ頓狂なことを言っているのは十分に分かっていた。どんなに考えを巡らせても、他に話す事柄が見つからなかっただけだ。
「いいから答えろよ」
「もちろん、好きよ」カサレラの顔に笑みが零れた。
「あたしの村にはとても大きなお花畑があってね。その日の記憶を何もかも忘れさせてくれる憩いの場所だったの。特に、嫌なことがあった日なんかはあたしの心を優しく包み込むように癒してくれた。多分一生忘れられない、あたしの思い出の詰まった素敵な
「へぇ。よっぽど良い場所だったんだな」
しんみりと思い出深く話すカサレラの姿に胸を強く打たれた。できることなら、一緒に見てみたかったとさえ思った。
「ねぇ、ナファネスク。あんたも花が好きなの?」
「え? 俺は……その……」
さすがにここで好きじゃないとは言えない。ナファネスクは返答に困った。
「いえ、答えなくていいわ。あんたが花を好きなわけないもんね」
「なんでだよ。好きかもしれねぇだろ!」
「あんたが? 花を? 何かおかしい!」
カサレラも今度は大声で笑った。その可憐な笑い顔を見られるだけで、向こう見ずな少年の心は自然と満たされた。
「おい、ガキども! イチャイチャして随分と楽しそうじゃねぇか!」
突如品の欠片もない声が二人の楽しい時間を引き裂いた。ナファネスクは怒りを露わにして振り向くと、路地の陰で二十代後半の
「見たところ、どこぞの貴族のお坊ちゃまって感じだな。隣にいるお嬢ちゃんは滅多にお目にかかれない上玉ときてる! 今日の俺たちは運がいいみてぇだぜ!」
連中を仕切る指示役の男は二人を品定めしながら下品な笑い声を上げた。
「なんだ? ゲス野郎ども!」
ナファネスクは二人きりの大切なひと時を邪魔されて、いきり立っていた。すぐさま御者台から飛び降りて、ならず者たちの前に立つ。
「おい、今の聞いたか? 貴族のお坊ちゃまにしてはなんて口汚い言葉使いなんだ。親の顔が見てみてぇぜ!」
指示役の男の言葉に、残りの手下どもはゲラゲラと笑い声を上げる。
「いいか、よく聞けよ! 世間知らずのお坊ちゃま。こいつらが手に持ってる短剣が見えてるだろ? 大人しくしてねぇと、痛い目を見ることになるぜ!」
「何を言い出すかと思えば、笑わせるぜ!」
ナファネスクは小馬鹿にしたように嘲笑を浮かべた。
「最初に言っといてやるが、止めといたほうが身のためだぜ! 俺にコテンパンにのされたくなかったらな!」
「何だと!? おい、ガキ、少し恐ろしい目を見ないと分からねぇようだな!」
ナファネスクの挑発が頭に来たのか、今までおちゃらけていたならず者たちの目の色が急に変わる。だが、不意に手下どもの一人がそっと身を引いた。
「このガキの腰元を見てみろ! 剣なんかを持ってやがるぜ!」
声を上げた手下が指を差した先には宝剣が見えた。
「こりゃいいね! 破格の高値で売れそうじゃねぇか! あんなのただのお飾りに決まってるだろ! ビビらずにやっちまえ!」
指示役の男の命令に従い、三人の手下どもは短剣を振り
どう見ても、相手は実戦のイロハも知らないならず者たちだ。これまで血反吐を吐くほどの厳しい鍛錬を積んできたナファネスクの相手ではなかった。
まずは人並外れた動体視力で手下どもの動きをよく見定めた。そのまま三人からほぼ同時に繰り出される攻撃を次々に
重みのある一撃に手下どもは滅多打ちにされ、次々と地面に倒れ込んだ。少年とは思えない圧倒的な強さを目の当たりにして、指示役の男は恐怖に
「ナファネスク様!」
オルデンヴァルトが荷物を両手に抱えて戻ってきた。
「おい、お前ら、ここはずらかるぞ! ほら、早く起き上がれ!」
薄情にも、指示役の男は仲間を見捨てて一目散に逃げ出した。こっ酷く痛めつけられた手下どもは足を引きずりながらその後を追いかけていった。
「お怪我はないですか?」
急ぎ足で駆けつけてきたオルデンヴァルトの言葉に、ナファネスクは苛立ちを覚えた。
「俺があんなゲス野郎どもにやられるわけねぇだろ!」
ナファネスクはそのまま御者台へ戻った。やり場のない憤りを感じていた。
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