第30話 獄淵界
土が露出した道を真っすぐ進みながら、ナファネスクたちはオルデンヴァルトの案で次なる街に向かっていた。
次の街に立ち寄る理由は野宿をするために必要な食料と道具を買うためだった。それからは北東の森林地帯へ向かう予定だと聡明な元騎士は告げた。
ここまで来る間に、ナファネスクはどんな手段で馬車を入手したのか、を尋ねた。
オルデンヴァルトが言うには、代々受け継がれてきた貴重な指輪を売り払って手に入れたということだった。まだ残ったお金が幾らかあるとも付け加えていた。
土が露出した道の両側には広大な平原が広がっていた。
「なぁ、次の街に行った後、なんでわざわざその森林地帯に向かうんだ?」
オルデンヴァルトはこの周辺一帯に土地勘があるのは十分に分かった。それでも、道なりに進めるなら、そのほうが良いに決まっている。
「それはですね。森林の奥深くに古代の偉大な魔導師が作ったとされる《
「《異空間転移の門》?」
ナファネスクは聞きなれない言葉を聞き返した。
「はい。分かりやすく言うなら、特殊な暗号を入力することで遠く離れたところに一瞬にして転移させてくれる装置の名前です。しかも、五、六人ぐらいまでなら一度に同じ場所まで移動させることも可能なんです。まぁ、言葉で説明するよりも見たほうがしっくりときますよ」
「なるほどな。それで、その《異空間転移の門》ってやつを使ってどこに行くんだ?」
「帝国によって滅亡させられた祖国ソルメキア王国の王城だったエスカトロン城です」
「なんだって!?」
思いも寄らない言葉にナファネスクは驚きを隠せない。まさか侵略されたソルメキア王国の王城に向かうとは思ってもみなかった。
「ねぇ、どうして滅ぼされた国の王城なんかに向かうの?」
ハクニャをあやしながらカサレラが不思議そうに問い返す。
「それはね、おそらくだけど、そこに帝国の皇帝と宮廷魔導師がいるからだよ」
「おい、ちょっと待てよ! なんでそんなことが分かるんだよ?」
ナファネスクは全てをお見通しのように断言するオルデンヴァルトに食ってかかった。その根拠が知りたかった。
「それはですね。今は空が曇ってて少し見えにくいのですが、ここから東の空の彼方に緋色をした円形状の空洞みたいものが見えませんか?」
動じた素振りも見せず、オルデンヴァルトは右手の人差し指である特定の場所を指差した。
ナファネスクも視力に関してはそれなりに良いほうだと自負していた。それでも、何となく見て取れるぐらいだった。
「あれがどうしたって言うんだ?」
明らかに不自然だったし、不気味なものに見えた。ナファネスクはその異質な空洞の正体を知りたくなり、話を先に進めるように促した。
「あの緋色をした空洞こそが
思わず絶句した。到底信じ難い話だ。だが、オルデンヴァルトは意にも介さず、さらに話を続けた。
「それで、あの緋色の空洞のほぼ真下に位置しているのがエスカトロン城ってわけです。その結果、さっきの推測を言ったまでです」
「マジかよ!?」
何とも驚愕する話だが、有無を言わせない説得力のある力説だった。それにしても、場所が遠すぎた。《異空間転移の門》と呼ばれる装置でも使わなければ、余裕で一カ月は旅する羽目になっただろう。
(こりゃ、ぶったまげたぜ!)
ナファネスクはまさか自分の目で獄淵界の扉を視認できるとは思ってもみなかった。扉とは言っても、全く現実味のない抽象的なものを想像していたからだ。
帝国の宮廷魔導師が言った話は紛れもない真実だったと認めざるを得ない。ただ、諸刃の剣という言葉が正しいかは分からないが、裏を返せば、斃すべき敵の居所を掴めたのだ。これは大きな収穫と言えた。
それから四半時の間、大した会話もないまま一行は道なりに旅を続けた。その静寂を破ったのは、ナファネスクだった。
「それにしても、思ったより冥邪どもの姿を見ねぇな。ほら、もっとウヨウヨしているのかと思ったぜ」
「おそらく、ここ一帯があまり身を隠す場所がない平原地帯だからですよ。それに、まだ日が昇っていますしね」
オルデンヴァルトの言葉は理に適っていた。反論する余地もない。
「それに並外れた獣気はあっても、ナファネスク様や俺みたいに獣霊を魂に宿し、獣霊使いになれる人は多くありません。冥邪など現れないことに越したことはないですよ」
これまた異論はなかった。
「そ、そうだよな。下らないこと言って悪かったな」
ナファネスクは軽はずみな話をした自分を恥じた。
何の鍛錬も積んでいない人間が冥邪を斃すのは無理な話だ。それはずっと暮らしてきた村で起こった惨状を見れば、明白だった。もしエゼルベルクがいたら、不謹慎極まりないと大声でどやされていたとこだろう。
「オルデンヴァルトさん、あいつはバカだからまともに相手しなくていいからね」
カサレラが間を置かずに茶々を入れてきた。
「だから、今謝っただろ!」
言い返してはみたものの、罰が悪いのは拭いきれない。
そうこうしている間に、視界の先に次なる街――ロマルコルテが姿を現した。
「やっと街が見えてきたな。さぁ、早く行こうぜ!」
「あ、今話をすり替えた! ずるいヤツ! ねぇ、ハクニャもそう思うでしょ?」
カサレラはずっと
「うるせぇな! 勝手に言ってろ!」
ナファネスクは愛馬ホーテンショーの手綱を力強く引っ張って勢いよく駆け出した。苛立つ反面、カサレラの他人を受け入れようとしない
勝手な思い込みかもしれないが、少しずつ打ち解けようとしている気がする。好きになった女性だからかもしれないが、それは心から嬉しかった。
「ったくよ、憎めねぇ女だぜ!」
ナファネスクは何故かうっすらと笑みを浮かべる自分に気付かされた。いつかもっと親しくなれる日が訪れることに期待を込めた笑顔だった。
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